松尾芭蕉・おくのほそ道文学館
おくのほそ道文学館 松尾芭蕉真筆展示室
出羽三山短冊
山形美術館所蔵−長谷川コレクション (掲載許諾・山美発/写/第17号)
かたられぬゆどのにぬらす袂かな  雲の峯いくつ崩れて月の山  涼風やほのミか月の羽黒山
[左] かたられぬゆどのにぬらす袂かな     [中] 雲の峯いくつ崩れて月の山    [右] 涼風やほのミか月の羽黒山
「おくのほそ道」(素龍本、芭蕉自筆本)に記された三句の句形は次の通り。

涼しさやほの三か月の羽黒山
雲の峯幾つ崩て月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
  
曽良の俳諧書留に記された三句の句形は次の通り。

凉風やほの三ヶ月の羽黒山
雲の峯幾つ萠レて月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂哉
  
羽黒山の句の上五が「涼しさや」となるのは、「おくのほそ道」と「三日月日記」のみ。このほか、「俳諧書留」や「芭蕉翁遺芳」や「芭蕉翁遺墨集」などでは、すべて「涼(凉)風や」となっている。
  
上の短冊は、「おくのほそ道」の本文に「坊に帰れば、阿闍利の需に依て、三山順礼の句々短冊に書」とあるように、芭蕉が月山と湯殿山の巡礼から帰った後、会覚阿闍梨の求めに応えて書き贈ったもの。

会覚は、それから4年後の元禄6年8月に羽黒山を去り、美濃国谷汲の華蔵院の末寺地蔵院に転じた。会覚が入寂したのち、3つの短冊は、甲斐国の某寺院の所有となった。その後、月山・湯殿山の短冊と羽黒山の短冊が離れ離れになった時代を経て、3つの短冊は、大阪の北田彦三郎氏の手に渡り、のち、山形の長谷川吉三郎氏が所有した。長谷川氏が故人となった後の昭和43年(1968年)に、遺族により蕪村筆「奥の細道図屏風」などと共に山形美術館に寄贈され、現在に至っている。

[参 照]

俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡

第24集 芭蕉と出羽三山


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「出羽三山短冊」の画像は、(財)山形美術館が所有するポジフィルムを
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【掲載許可番号】 山美発/写/第17号

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