松尾芭蕉の旅 鹿島紀行
俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース
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鹿島紀行
旅の句集、自準亭連句





   神前    神前
_此松の実ばえせし代や神の秋
              桃青
境内に聳える見事な松を眺めていると、これが実生えした頃のことが、遥かに思い遣られる神前の秋であるよ。
 ぬぐはばや石のおましの苔の露
              宗波
神社の奥に入り、神が降臨したという御座(おま)しの石を拝観する。その石の苔に下り降った露ならば、手で拭ってみたいものであるよ。
 膝折やかしこまりなく鹿の声
              曽良
神社の森に、鹿の鳴き声がやわらかく響き渡っている。神前では、どうやら鹿さえも膝を折ってうやうやしく鳴くもののようである。
   田家    田家
_かりかけし田面の鶴や里の秋
              桃青
稲を刈りかけた田んぼで、鶴が餌をついばんでいるよ。こうしたのどかな秋の情趣に浸れるのも、田舎ならではである。
 夜田かりに我やとはれん里の月
              宗波
里の夜空に月が皓々(こうこう)と照っている。こうした夜なら、私も雇ってもらい、月見をしながら稲刈りをしてみたいものだ。
_賤の子や稲すりかけて月をみる
              桃青
月明かりをたよりに、百姓の子が庭先で籾摺りをしているなあ。照らなければ仕事ができないのだから、手休めにながめ遣る名月は、この子にとっては、実に尊いものだろう。
_芋の葉や月まつ里の焼ばたけ
              桃青
焼畑に育っている里芋は、今こそ自分の出番と言いたげに、名月が掛かるのを心待ちにしているよ。
   野    野
 ももひきや一花すりの萩ごろも
              曽良
萩が一面に咲く野の原を歩いて行くと、股引が、秋の趣をたっぷりと吸い込んで、花摺衣(はなずりごろも)のように、萩色に染まってしまいそうであるよ。
 花の秋草にくひあく野馬かな
              曽良
野飼いの馬は、花盛りの秋草を飽きるほど食して、今は、戯れ遊ぶばかりであるよ。
_萩原や一夜はやどせ山の犬
              桃青
粗野に吼え立つ山犬よ、一度はこの優美な萩の原に宿をとって、夜を過ごしてみないか。
   帰路自準に宿す    帰路自準に宿す
 塒(ねぐら)せよわら干宿の友すずめ
              主人
[発句] 友雀の方々よ、藁(わら)干しをして巣を整えたような粗末な家だが、今夜はゆっくりと休んでください。(自準)
  秋をこめたるくねのさし杉
              客
[脇句] 秋までには是非とも、と挿し木された生垣の杉が、順調に育っていて実に見事であるよ。(芭蕉)  
 月見んと汐ひきのぼる舟とめて
              曽良
[第三] 月を見るために、綱を引いて動かす舟を呼び止めて、(海から入り込んでいる)潮をのぼって行くよ。
 貞享丁卯仲秋末五日  貞享四年八月二十五日
[語 釈]
神前
鹿島神宮の神前。
石のおまし(御座)
鹿島神宮・奥宮の南奥にある「要石」のこと。鹿島の神が降臨したときに座した石と言われ、地震を起こす大なまずの頭を抑えているとも。
田家
でんか。いなかの家、いなかの意。
花すり
萩や露草の花を衣にこすりつけて染色すること。
自準
常陸潮来の医師本間道悦とする説と、行徳の神職小西似春(じしゅん)とする説がある。


本間道悦は、芭蕉に「医術免許状」を書き与えたと伝えられる人物。本間家に「鹿島詣」の真蹟が伝わり、これを秋瓜が宝暦十年に板行。また、文化十年にも五世本間自準によって「鹿島詣」として板行されており、本書では、末尾の連句で、「主人」が自準の別号の「松江」に、「客」が「桃青」になっている。


小西似春は、京都から江戸に移住した談林系の俳人で、延宝三年、東下中の西山宗因を歓迎する百韻俳諧に、芭蕉とともに一座している。

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