松尾芭蕉の旅 野ざらし紀行
俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース
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野ざらし紀行
旅立ち、箱根の関越え、旅の同伴者




千里に旅立て、路粮を包まず。「三更月下無何に入」と云けむ昔の人の杖にすがりて、貞亨甲子秋八月、江上の破屋を出づる程、風の声そぞろ寒気也。 荘子は、千里の旅をする者は、三ヶ月も前から食料を用意すると言っているが、わたしは道中食を持たずに、ただ「夜更けの月明かりのもと、俗世間を離れ仙境に入る」という古人の言葉をよりどころとして、貞享元年の秋八月、いよいよ隅田川のあばら屋を旅立つ。荒れ野を通り抜けていく風の音を聞くと、つい、薄ら寒い思いに駈られることである。
_野ざらしを心に風のしむ身かな  道々行き倒れ、頭骨を野辺にさらそうともと、覚悟しての旅ではあるが、風の冷たさが、むやみにこたえる我が身であるよ。
_秋十年却て江戸を指故郷 江戸住まいもかれこれ十年になる。故郷に向かう旅ながら、かえって江戸が恋しくなってしまうとは。
関越ゆる日は雨降て、山皆雲に隠れたり。 箱根の関所を越える日は雨降りで、山はみな雲に隠れてしまっている。
_霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き 今日は霧が深くかかって、草庵から幾たびもながめたあの富士山が見られない。けれども、こうして霧の中に聳える富士を思い描くというのも一興であるよ。
何某千里と云けるは、此度道の助けとなりて、万いたはり、心を尽し侍る。常に莫逆の交深く、朋友信有哉、此人。 何某千里という人が、この度、道中の助けとなってくれて、あれこれといたわり、真心を尽くしてくれている。わたしとはふだんから交わりが深い人で、友に対して信義を守ってくれる方ですよ、この人は。
 深川や芭蕉を富士に預行  千里 とうとう、深川が遠くに思われるところまでやって来たなあ。芭蕉庵での翁の生活を、みんな霊峰富士に預かってもらって、旅を続けることにしよう。

[語 釈]

千里に旅立て、路粮を包まず
荘子の逍遥遊篇に「適千里者三月聚糧」がある。千里二適(ゆ)ク者ハ三月糧(かて)ヲ聚(あつ)ム。
「路粮(路糧)」は道中の食料。
三更月下無何に入
中国の禅僧広聞の句に「路不粮笑復歌、三更月下入無何」(江湖風月集)がある。路粮(かて)ヲ齋(つつ)マズ笑ツテ復(ま)タ歌フ。三更月下無何二入ル。


「三更」は、日没から日出までを五等分した中の三つ目の時刻を指す。午後十一時ごろから午前三時ごろ。「無何」は、「無何有(むかう)」と同義。自然のままで何のこしらえもしないこと。
甲子
こうし、かっし。十干(甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸)と十二支(子、丑、寅、卯、・・・)とを組合せた干支(えと)の第一番目。貞享甲子は貞享元年。貞享二年の干支は乙丑。
野ざらし
髑髏(どくろ)、しゃれこうべ。
莫逆
ばくげき、ばくぎゃく。極めて親密な間柄。
朋友信有哉
ほうゆうしんあるかな。
「論語」の「学而」に「曽子曰、吾日三省吾身、為人謀而不忠乎、與朋友交而不信乎」がある。曽子曰ク、吾レ日二三タビ吾身ヲ省ル、人ノ為二謀(はか)リテ忠ナラザルカ。朋友ト交ワリテ信ナラザルカ。


孟子の説いた五倫にも。「父子親有、君臣義有、夫婦別有、長幼序有、朋友信有」。父子親(しん)アリ、君臣義アリ、夫婦別アリ、長幼序アリ、朋友信アリ。

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