松尾芭蕉の旅 野ざらし紀行
俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース
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野ざらし紀行
伊勢神宮参詣、西行谷、茶店にて





松葉屋風瀑が伊勢に有けるを尋音信て、十日計足をとどむ。 六月に江戸で別れたばかりの松葉屋風瀑を伊勢に訪ねて、十日ばかり足をとどめた。
腰間に寸鉄を帯びず、襟に一嚢をかけて、手に十八の玉を携ふ。僧に似て有、俗に似て髪なし。 私の姿は、腰に脇差を身につけず、襟に頭陀袋をかけ、手に十八珠の数珠を持ち、僧形の身なりはしているが俗人であり、俗人に似て剃髪をしている、といったぐあいである。
我僧にあらずといへども、浮屠の属にたぐへて、神前に入事を許さず 僧ではないのだが、(神官は)私を僧侶の類と見て、(内宮の)神前に入って参詣することを許さない。
暮て外宮に詣侍りけるに、一ノ華表の陰ほの暗く、御燈処々に見えて、また上もなき峰の松風身にしむ計深き心を起して、 一の鳥居の背後はほの暗く、御燈が所々に見えて、西行が「また上もなき峰の松風」と詠んだ御山から吹き寄せる松風をしみじみと感じ、深い信仰心を起して、次の一句を詠んだ。
_三十日月なし千年の杉を抱あらし 天空に三十日の月は見えず、神路山から下りてくる風は、樹齢千年ほどの神杉(かむすぎ)を抱くように吹き撓(たわ)めている。
西行谷[資料]の麓に流あり。女どもの芋洗ふを見るに、 西行谷の麓に流がある。女たちの芋洗うのを見て、
_芋洗ふ女西行ならば歌よまむ[資料] 西行ならば、きっと芋洗う女たちに歌を詠み掛けるだろう。
其日の帰途、ある茶店に立寄けるに、てふと云ける女、「吾が名に発句せよ」と云て、白き絹出しけるに書付侍る。 その日の帰り道、ある茶店に立ち寄ったところ、てふという女が、「わたしの名を詠み込んだ発句を作ってください」と言って白い絹布を差し出したので、一句書き付けた。
_蘭の香や蝶の翅に薫物す[資料] 芳(かぐわ)しい蝶のよ。蘭の香が、薫物をしたように、うつり香となって。
  閑人の茅舎を訪ひて 閑居する人の草庵を訪ねて
_蔦植て竹四五本のあらし哉[資料] 庭先を占めている竹四、五本が興趣を増して美しく、蔦の葉を彩った秋の風も、竹の緑葉は、見向きもせずに吹き抜けていくばかりである。
[語 釈]
松葉屋風瀑
まつばやふうばく。蕉門。伊勢国、宇治山田大世古町の人で、伊勢神宮の年寄師職家。江戸の出店で諸俳人と交流。「一楼賦」(貞享二年刊)、「丙寅紀行」(貞享三年刊)を編著。


芭蕉は「野ざらし紀行」に旅立つ二ヶ月ほど前の貞享元年六月中旬、江戸から伊勢に帰る風瀑に「風瀑を餞別す 忘れずば佐夜の中山にて涼め(歌枕の佐夜の中山の峠を越える時、当地を詠んだ古歌を思い出しましたら、一涼みしながら一句捻ってみなさい)」の餞別句を送っている。
寸鉄
小さい刃物。小刀、脇差。
十八の玉
珠数が十八個の数珠。この他、三十六個、百八個などの数珠もある。禅宗の携帯用数珠は十八珠のもの。

ちり。浄土に対して俗世間、僧に対して俗人。
浮屠
ふと。「浮図」とも。仏寺、僧侶の意。
神前に入事を許さず
濱森太郎著「松尾芭蕉の1200日 第三章 野ざらし紀行画巻の試み」(三重学術出版会)に、「内宮参詣を志し、神官に境内で禁足された。剃髪し、手に数珠、首に袋を懸けた主人公の装束が、俳諧師よりも乞食僧に近かったからである。(中略)そこで彼は、仕方なく六キロ余りの道のりを引き返すと、日暮れ時に外宮の一の鳥居付近にたどり着いた」とある。
華表
かひょう。「花表」とも。神社の鳥居。中国では城郭や官庁、墓所の入口に建つ門をいう。
また上もなき峰の松風
西行の歌「深く入りて神路の奥をたづぬればまた上もなき峰の松風」(千載集)からの引用。本歌の詞書に「高野山の山を住みうかれて後、伊勢国二見浦の山寺に侍りけるに、太神宮の御山をば神路山(かみじやま)ともうす。大日如来の御垂迹(仏や菩薩が仮の姿で現れること)と思ひてよみ侍りける」とある。歌中の「この上もなき」は、大日如来の垂迹とする神路山を称えたもの。
閑人
閑居する人の意。五味蟹守編「杖酒」では、その名を「杉本正英」、支考編「笈日記」(元禄八年奥書)の前書では「廬牧」と記す。

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