松尾芭蕉の旅 野ざらし紀行
俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース
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野ざらし紀行
桑名、熱田、名古屋





  桑名本当寺にて 桑名本当寺(本統寺)にて
_冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす 千鳥を聞きながら、雪中に牡丹とは、なかなか見られない光景であるよ。今の今まで、牡丹とくればほととぎす、と思っていたのに。
草の枕に寝あきて、まだほの暗きうちに浜のかたに出て、 旅寝にあきて、まだほの暗いうちに浜辺に出かけて行って、
_明ぼのや白魚白きこと一寸 白みはじめた伊勢の浜辺に、幼い白魚が一寸ほどの生涯を終えて、白く横たえているのは、神々(こうごう)しくも、美しくも見えるものであるよ。
  熱田に詣 熱田神宮に参拝する
社頭大いに破れ、築地は倒れて叢に隠る。かしこに縄を張りて小社の跡をしるし、爰に石を据ゑて其神と名のる。蓬・忍、心のままに生たるぞ、中々にめでたきよりも心とどまりける。 社殿の周囲はたいそう荒廃し、築地は倒れてくさむらに隠れる有様である。あちらに縄を張って末社の跡地をしるし、こちらには石をすえてその神に見立てている。よもぎや、しのぶ草が、自由に広がり生えているのが、かえって、りっぱな佇まいであるよりも、心がひきつけられる。
_しのぶさへ枯て餅買ふやどり哉
 [熱田で]
熱田神宮に参拝したのだが、荒廃をつくして、むかしを想うよすがの、しのぶ草まで枯れていたよ。帰りに、茶店に立ち寄って、時の移りを儚く想いながら餅を食べたことである。
  名古屋に入(いる)道の程風吟す 名古屋に入る道すがら、句を詠んで
_狂句木枯の身は竹斎に似たる哉[資料]
 [名古屋で]
木枯らしに吹かれ、あちらへこちらへと、狂句を吟じながら漂泊を続ける私の身の上は、かの竹斎と似ていることであるよ。
_草枕犬も時雨るか夜の声
 [名古屋で]
時雨の夜の静けさを破って、犬の声が聞こえてくる。あの犬も、仮寝のあわれを嘆いているのだろうか。
  雪見に歩きて 雪見に歩いて
_市人(いちびと)よ此笠売らう雪の傘
 [名古屋で]
わたしのこの破れ笠も、雪をかぶるとなかなか趣があってよいものです。町の人、よろしかったら、わたしと旅寝を共にしてきたこの笠を売りますよ。
  旅人を見る 旅人を見る
_馬をさへながむ(詠)る雪の朝哉
 [名古屋に入る前に、熱田で]
一面の新雪に朝日がきらめいて、あまりに美しいものだから、通りがかりの旅人、そして馬さえも、この景色の中に詠み入れてしまうしまことだ。
  海辺に日暮して 海辺に日が暮れて 
_海暮れて鴨の声ほのかに白し
 [名古屋からの帰りに、熱田で]
宵やみの海辺に淋しくたたずんでいると、さざなみの音のかなたより、夜の入りから取り残されたように、鴨の鳴き声がほの白く聞こえてくるよ。
【参考資料】 芭蕉が熱田で詠んだ句(作句順に表示)
(1)「野ざらし紀行」で取り上げていないが、芭蕉は、熱田到着の日、止宿した桐葉亭における句会で、次の発句を詠んでいる。連衆は、芭蕉、桐葉、東藤、叩端、如行、工山。芭蕉は、共に旅した草鞋と笠を海に捨てんとまで叙し、桐葉に深い信頼を表意した。
   旅亭桐葉の主、志浅からざりければ、しばらく留まらむとせしほどに

  此海に草鞋捨てん笠時雨    芭蕉翁
   剥くも侘しき波のから蠣   桐葉 (以下略)
  (六吟表六句歌仙。東藤編「熱田皺筥物語」<元禄八年跋>)
(2)次は、(1)の翌日、閑水亭で巻いた四吟一巡歌仙の発句。連衆は、芭蕉、閑水、東藤、桐葉。「熱田皺筥物語」に、本歌仙が、(1)の翌日に巻かれたとして「次の日」の注を記す。
  
馬をさへ詠る雪の朝かな    翁
   木の葉に炭を吹おこす鉢   閑水 (以下略)
  (四吟一巡歌仙。「熱田皺筥物語」)
(3)熱田神宮に参詣して詠んだ発句で、これに、桐葉が脇句を付けている。
   熱田に詣

  しのぶさへ枯て餅買ふやどり哉 翁
   皺び付したる根深大根    桐葉
  (発句・脇。「熱田皺筥物語」)
(4)本句は、名古屋からの帰りに熱田に立ち寄り、芭蕉、桐葉、東藤、工山を連衆として巻かれた四吟歌仙の発句。闌更編「俳諧蓬莱島」(安永四年刊)に、「貞享元年朧月十九日」と付記されている。
   
尾張の国熱田にまかりける比、人々師走の海見んとて船さしけるに
  海暮れて鴨の声ほのかに白し  翁
   串に鯨を炙(あぶ)る盃    東藤 (以下略)
  (貞享元年十二月十九日。四吟歌仙。「熱田皺筥物語」)
[語 釈]
桑名本当寺
桑名市は、揖斐川の河口に開けた、もと松平十一万石の城下町。東海道五十三次の四十二番目の宿駅。熱田・宮宿からの七里を船で往来したことから、この間の海路を「七里の渡し」と呼んだ。
「本当寺」は、真宗大谷派・東本願寺別院の「本統寺」のこと。桑名御坊ともいう。芭蕉が訪ねたときの住職は大谷琢恵(俳号古益)だった。
冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす
冬牡丹は、春に蕾、夏に葉を摘み取り、人工的に冬期に咲かせるもので、寒牡丹ともいう。
本句は、本統寺に招かれた折のもので、木因の脇句「釜たぎる夜半や折々浦千鳥」も参考にして詠句時の情況を読むと、「時は夜。俳席の場から薄雪をかぶる庭が眺められ、その一角に円錐形をした藁の雪囲いがあって、中で季節はずれの牡丹が咲いている。それが薄明かりに照らし出され、折々、海辺の方から千鳥の鳴く声が聞こえてくる」といったところ。
本句における芭蕉の感動は、本来ならば夏に咲くはずの牡丹を、雪や千鳥を背景にして冬に愛でることができたという意外性にあり、句中の「ほととぎす」は、[牡丹→夏]から、冬の千鳥に対する夏の鳥としてイメージしたもの。


以下は、木因編「桜下文集」から。
 桑名の本当寺は、牡丹に戯れ給ふ、一会の句、
 
  冬ぼたん千鳥よ雪の郭公  はせを
   釜たぎる夜半や折々浦千鳥 木因
 海上に遊ぶ日は、手づから蛤をひろふてしら魚をすくふ。
 逍遥船にあまりて地蔵堂に書す。
 
  雪薄し白魚しろき事一寸  はせを
   白うをに身を驚くな若翁  木因
明ぼのや白魚白きこと一寸
「白魚」は、川水と海水が混じる河口付近や内湾に生息し、春、成魚で十センチほどになる。幼魚で過ごす冬場は、本句にあるようにかなり小さく、したがって、「白魚一寸」は冬(初冬)の季語となる。水中では、透明がかって見えるが、死後、白色に変化する。


上の資料に見るように、句会の席では上五を「雪薄し」としている。これを「明ぼのや」に改めた理由については、強調したかった白魚の、絶命した後の「白色」が、「薄雪」の白に埋没してしまうのを避けるためと考えられるほか、「明ぼのや」とすることによって、まず、朝色に染まりつつあるダイナミックな浜辺の様子が心象風景として浮かび、そこに、命果てた一寸ほどの白魚が補色的点景として強く見えてくることから、上五の改変は、情景描写の句に抒情詩的要素を加えるためと、推測することもできる。
熱田に詣
「熱田神宮に参詣する」の意。熱田神宮は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)をご神体に、名古屋市の南部「熱田の社」に鎮座する。芭蕉が貞享元年の「野ざらし紀行」で参詣した当時は、本文に見るように、かなり荒廃が進んでいたが、三年後の「笈の小文」の旅では、「熱田御修復 磨直す鏡も清し雪の花(笈の小文)」とある通り、修復を終えたばかりの真新しい社殿が芭蕉を迎えた。
竹斎
「竹斎」は物語の主人公。従者の「にらみ(睨)の介」を伴い、怪しげなる医術を施し狂歌を詠みながら諸国を漂泊。名古屋では、とある小さな町に宿を借り、「天下一藪くすし(藪医者)」の看板の傍らに「扁鵲(へんじゃく。中国の戦国時代の名医)や耆婆(ぎば。釈尊時代、王舎城の名医)もまさる竹斎を知らぬ人こそあはれなりけり」なる歌を書いて開業し、三年間滞在する。
時雨る
しぐるる。「しぐれ」は、本来の意のほかに、古来より「涙」を暗示し、「しぐれる」は、「涙を催す(ほどに、つらい、悲しい)、涙が流れる」の意にも用いられてきた。
市人よ此笠売らう雪の傘
本句は、名古屋の抱月亭で巻かれた三つ物(発句・脇・第三)の発句の決定稿。抱月は、名古屋の俳人。推敲段階のものとして、他に(2)、(3)の句形も見られる。
(1)三つ物の発句。
  抱月亭
 
市人にいで是売らん笠の雪  芭蕉
  酒の戸たたく鞭の枯梅   抱月
 朝顔に先立つ母衣を引ずりて 杜国
 (笈日記)

(2)「芭蕉翁発句集」所収の句。
  雪見にありきて、抱月亭
 
市人にいで是売らん雪の笠

(3)「蕉翁句集草稿」に見る句。
  雪見に歩きて
 
市人に此笠の雪うらん
海暮れて鴨の声ほのかに白し
「野ざらし紀行」では、「海辺に日暮して」と前書きしているが、東藤編「熱田皺筥物語」(元禄八年跋)に「尾張の国熱田にまかりける比、人々師走の海見んとて船さしけるに」の前書があり、支考編「笈日記」(元禄八年奥書)の尾張部「悼芭蕉翁」の文中で「やみに舟をうかべて浪の音をなぐさめれば」に続けて本句を記し、両者ともに「海上で詠んだ句」としている。

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