松尾芭蕉の旅 野ざらし紀行
俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース
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野ざらし紀行 十一
奈良へ、二月堂




  奈良に出(いづ)る道のほど 奈良に出る道すがら
_春なれや名もなき山の薄霞 春になったのだなあ。見過ごしてしまいそうな山ではあるけれども、かすみが薄くたなびいているさまは、風情があってなかなかのものであるよ。
  二月堂に籠りて 二月堂にお籠りをして
_水取りや氷の僧の沓の音 二月堂に参詣し、お水取りの儀式を拝したが、冷え冷えとした寒さの中で、白の紙衣をまとい修法に打ち込む練行衆の姿や、高鳴りする「沓の音」は、まさに冷厳を極むものであるよ。
[語 釈]
春なれや
「なれや」は、指定の助動詞「なり」の已然形+詠嘆の間投助詞「や」で、意は「春だなあ」。ただし、紀貫之の「屏風のゑなる花をよめる 咲きそめし時よりのちはうちはへて世は春なれや色の常なる(屏風に描かれた花を詠んで 咲き始めた後、ずっと色がかわらずにいるのは、屏風の中が年中春だからだろうか)」(「古今和歌集」巻十七)の「春なれや」と同じく「や」を疑問の系助詞と見て「春だからだろうか」とする捉え方もある。
水取りや氷の僧の沓の音
「水取り」は、東大寺二月堂で行われる「東大寺修二会(しゅにえ)」という法行の一部で、若狭から二月堂脇の良弁杉(ろうべんすぎ)の下に、遠敷(おにゆう)明神を勧請(かんじょう)し、大松明を持った僧(練行衆<修二会に参加する東大寺の僧>)が、杉の根元に建つ閼伽井屋(あかいや)の中の井戸・若狭井(わかさい)から、香水なる水を汲み堂の中に運ぶ儀式のこと。


本句の「前書」にある「籠(こも)りて」は、法会の期間、特に許された参詣者が二月堂の内陣近く(外陣、局)まで立ち至り、練行衆が本尊の十一面観音に祈願している様を拝する行為を指しており、芭蕉自らが修二会に臨み参籠した、ということではない。


「沓(くつ)の音」は、練行衆が、法行中、差懸(さしかけ)という歯のない下駄を履いて出す甲高い音を指し、「氷の僧」については、冷え冷えとした寒さの中で、白の紙衣をまとい修法に打ち込む練行衆の姿や高鳴りする「沓の音」が、冷厳を極むものだとして「氷」を用いて表したもの、と受け取られる。


この「氷の僧」については、「籠りの僧」が正しいが芭蕉がこれを聞き違えて「氷の僧」とした、とする見方があって、蝶夢編「芭蕉翁発句集」(安永三年刊)には「水とりやこもりの僧の沓の音」の句が示されている。しかし、芭蕉真蹟本に「氷の僧」とあるので、蝶夢の書き誤りということになるのだろう。

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