おくのほそ道  [読み方]
俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース
おくのほそ道   序文
月日(つきひ)は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行(ゆき)かふ年も又旅人也(たびびとなり)。舟の上に生涯(しょうがい)をうかべ、馬の口とらえて老(おい)をむかふる物(もの)は、日々(ひび)旅にして旅を栖(すみか)とす。古人(こじん)も多く旅に死せるあり。予(よ)もいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風にさそはれて、漂泊(ひょうはく)の思ひやまず、海浜(かいひん)にさすらへ、去年(こぞ)の秋江上(こうしょう)の破屋(はおく)に蜘(くも)の古巣(ふるす)をはらひて、やゝ年も暮(くれ)、春立(たて)る霞(かすみ)の空に白川(しらかわ)の関こえんと、そゞろ神(がみ)の物につきて心をくるはせ、道祖神(どうそじん)のまねきにあひて、取(とる)もの手につかず。もゝ引(ひき)の破(やぶれ)をつゞり、笠(かさ)の緒(お)(つけ)かえて、三里(さんり)に灸(きゅう)すゆるより、松島の月先(まず)心にかゝりて、住(すめ)る方(かた)は人に譲(ゆず)り、杉風(さんぷう)が別墅(べっしょ)に移(うつ)るに、
  草の戸も住替
(すみかわる)る代(よ)ぞひなの家
面八句
(おもてはちく)を庵(いおり)の柱に懸置(かけおく)
 
おくのほそ道   旅立ち
弥生(やよい)も末(すえ)の七日、明ぼのゝ空朧々(ろうろう)として、月は在明(ありあけ)にて光おさまれる物から、不二(ふじ)の嶺(みね)(かすか)にみえて、上野(うえの)・谷中(やなか)の花の梢(こずえ)、又いつかはと心ぼそし。むつましきかぎりは宵(よい)よりつどひて、舟に乗(のり)て送る。千じゆと云(いう)所にて船をあがれば、前途(せんど)三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別(りべつ)の泪(なみだ)をそゝぐ。
  行
(ゆく)春や鳥啼(なき)(うお)の目は泪
(これ)を矢立(やたて)の初(はじめ)として、行道(ゆくみち)なをすゝまず。人々は途中(みちなか)に立(たち)ならびて、後(うしろ)かげのみゆる迄(まで)はと見送(みおくる)なるべし。
 
おくのほそ道   草加
ことし元禄(げんろく)(ふた)とせにや、奥羽(おうう)長途(ちょうど)の行脚(あんぎゃ)(ただ)かりそめに思ひたちて、呉天(ごてん)に白髪(はくはつ)の恨(うらみ)を重(かさ)ぬといへ共(ども)、耳にふれていまだめに見ぬさかひ、若(もし)(いき)て帰らばと、定(さだめ)なき頼(たのみ)の末をかけ、其日(そのひ)(ようよう)早加(そうか)と云(いう)宿(しゅく)にたどり着(つき)にけり。痩骨(そうこつ)の肩にかゝれる物、先(まず)くるしむ。只身すがらにと出立(いでたち)(はべる)を、帋子(かみこ)一衣(いちえ)は夜の防ぎ、ゆかた・雨具(あまぐ)・墨筆(すみふで)のたぐひ、あるはさりがたき餞(はなむけ)などしたるは、さすがに打捨(うちすて)がたくて、路次(ろし)の煩(わずらい)となれるこそわりなけれ。
 
おくのほそ道   室の八島
(むろ)の八嶋(やしま)に詣(けい)す。同行(どうぎょう)曽良(そら)が曰(いわく)、「此(この)神は木(こ)の花さくや姫(ひめ)の神と申(もうし)て富士(ふじ)一躰(いったい)(なり)。無戸室(うつむろ)に入(はいり)て焼給(やきたま)ふちかひのみ中に、火々出見(ほほでみ)のみこと生(うま)れ給(たま)ひしより室(むろ)の八嶋(やしま)と申(もうす)。又煙(けむり)を読習(よみならわ)し侍(はべる)もこの謂(いわれ)(なり)」。将(はた)、このしろといふ魚を禁(きん)ず。縁記(えんぎ)の旨(むね)世に伝(つた)ふ事も侍(はべり)し。
 
おくのほそ道   仏五左衛門
卅日(みそか)、日光山(にっこうざん)の梺(ふもと)に泊(とま)る。あるじの云(いい)けるやう、「我名(わがな)を佛五左衛門(ほとけござえもん)と云(いう)。萬(よろず)正直(しょうじき)を旨(むね)とする故(ゆえ)に、人かくは申(もうし)(はべる)まゝ、一夜(いちや)の草の枕(まくら)も打解(うちとけて)て休み給(たま)へ」と云(いう)。いかなる仏の濁世塵土(じょくせじんど)に示現(じげん)して、かゝる桑門(そうもん)の乞食順礼(こつじきじゅんれい)ごときの人をたすけ給(たま)ふにやと、あるじのなす事に心をとゞめてみるに、唯(ただ)無智無分別(むちむふんべつ)にして、正直偏固(しょうじきへんこ)の者(もの)(なり)。剛毅木訥(ごうきぼくとつ)の仁(じん)に近きたぐひ、気禀(きひん)の清質(せいしつ)(もっとも)(とうと)ぶべし。
 
おくのほそ道   日光山
卯月(うづき)朔日(ついたち)、御山(おやま)に詣拝(けいはい)す。往昔(そのかみ)(この)御山(おやま)を二荒山(ふたらさん)と書(かき)しを、空海大師(くうかいだいし)開基(かいき)の時、日光と改(あらため)(たま)ふ。千歳未来(せんざいみらい)をさとり給(たま)ふにや。今(いま)(この)御光(みひかり)一天(いってん)にかゝやきて、恩沢八荒(おんたくはっこう)にあふれ、四民安堵(しみんあんど)の栖(すみか)(おだやか)なり。猶(なお)(はばかり)多くて筆をさし置(おき)ぬ。
  あらたうと青葉若葉
(あおばわかば)の日の光
黒髪山
(くろかみやま)は霞(かすみ)かゝりて、雪いまだ白し。
  剃捨
(そりすて)て黒髪山(くろかみやま)に衣更(ころもがえ) 曽良
曽良は河合氏
(かわいうじ)にして、惣五郎(そうごろう)といへり。芭蕉の下葉(したば)に軒(のき)をならべて、予(よ)が薪水(しんすい)の労(ろう)をたすく。このたび松しま・象潟(きさがた)の眺(ながめ)(とも)にせん事を悦(よろこ)び、且(かつ)は羈旅(きりょ)の難(なん)をいたはらんと、旅立(たびだつ)(あかつき)(かみ)を剃(そり)て墨染(すみぞめ)にさまをかえ、惣五(そうご)を改(あらため)て宗悟(そうご)とす。仍(よっ)て黒髪山(くろかみやま)の句(く)(あり)。「衣更(ころもがえ)」の二字(にじ)(ちから)ありてきこゆ。
廿余丁
(にじゅうよちょう)山を登つて瀧(たき)(あり)。岩洞(がんとう)の頂(いただき)より飛流(ひりゅう)して百尺(はくせき)、千岩(せんがん)の碧潭(へきたん)に落(おち)たり。岩窟(がんくつ)に身(み)をひそめ入(いり)て瀧(たき)の裏(うら)よりみれば、うらみの瀧(たき)と申(もうし)(つた)え侍(はべ)る也(なり)
  暫時
(しばらく)は瀧(たき)に籠(こも)るや夏(げ)の初(はじめ)
 
おくのほそ道   那須野
那須(なす)の黒ばねと云(いう)(ところ)に知人(しるひと)あれば、是(これ)より野越(のご)にかゝりて、直道(すぐみち)をゆかんとす。遥(はるか)に一村(いっそん)を見かけて行(ゆく)に、雨降(あめふり)日暮(ひくる)る。農夫(のうふ)の家に一夜(いちや)をかりて、明(あく)れば又(また)野中(のなか)を行(ゆく)。そこに野飼(のがい)の馬あり。草刈(くさかる)おのこになげきよれば、野夫(やふ)といへどもさすがに情(なさけ)しらぬには非(あら)ず。「いかゞすべきや。されども此(この)(の)は縦横(じゅうおう)にわかれて、うゐうゐ敷(しき)旅人(たびびと)の道ふみたがえん、あやしう侍(はべ)れば、此(この)馬のとゞまる所にて馬を返し給(たま)へ」と、かし侍(はべり)ぬ。ちいさき者ふたり、馬の跡(あと)したひてはしる。独(ひとり)は小姫(こひめ)にて、名をかさねと云(いう)。聞(きき)なれぬ名のやさしかりければ、
  かさねとは八重撫子
(やえなでしこ)の名(な)(なる)べし 曽良
(やが)て人里(ひとざと)に至(いた)れば、あたひを鞍(くら)つぼに結付(むすびつけ)て、馬を返(かえ)しぬ。
 
おくのほそ道   黒羽
黒羽(くろばね)の館代(かんだい)浄坊寺(じょうほうじ)(なに)がしの方(かた)に音信(おとず)る。思(おも)ひがけぬあるじの悦(よろこ)び、日夜(にちや)(かたり)つゞけて、其(その)(おとうと)桃翠(とうすい。実際の俳号は「翠桃」)など云(いう)が、朝夕(あさゆう)(つとめ)とぶらひ、自(みずから)の家にも伴(ともな)ひて、親属(しんぞく)の方にもまねかれ、日(ひ)をふるまゝに、日(ひ)とひ郊外(こうがい)に逍遙(しょうよう)して、犬追物(いぬおうもの)の跡(あと)を一見(いっけん)し、那須(なす)の篠原(しのはら)をわけて玉藻の前(たまものまえ)の古墳(こふん)をとふ。それより八幡宮(はちまんぐう)に詣(もうず)。与一(よいち)(おうぎ)の的(まと)を射(い)し時、「別(べっ)しては我国氏神(わがくにのうじがみ)正八(しょうはち)まん」とちかひしも此(この)神社(じんじゃ)にて侍(はべる)と聞(きけ)ば、感應(かんのう)(ことに)しきりに覚(おぼ)えらる。暮(くる)れば桃翠(とうすい)(たく)に帰(かえ)る。
修験光明寺
(しゅげんこうみょうじ)と云(いう)(あり)。そこにまねかれて行者堂(ぎょうじゃどう)を拝(はい)す。
  夏山
(なつやま)に足駄(あしだ)を拝(おが)む首途(かどで)(かな)
 
おくのほそ道   雲巌寺
当国(とうごく)雲岸寺(うんがんじ)のおくに佛頂和尚(ぶっちょうおしょう)山居跡(さんきょあと)あり。
  竪横
(たてよこ)の五尺(ごしゃく)にたらぬ草(くさ)の庵(いお)
   むすぶもくやし雨なかりせば
と、松の炭
(すみ)して岩(いわ)に書付(かきつけ)(はべ)りと、いつぞや聞(きこ)え給(たま)ふ。其(その)(あと)みんと雲岸寺(うんがんじ)に杖(つえ)を曳(ひけ)ば、人々(ひとびと)すゝんで共(とも)にいざなひ、若(わか)き人おほく道のほど打(うち)さはぎて、おぼえず彼(かの)(ふもと)に到(いた)る。山はおくあるけしきにて、谷道(たにみち)(はるか)に、松(まつ)(すぎ)(くろ)く、苔(こけ)したゞりて、卯月(うづき)の天(てん)今猶(いまなお)(さむ)し。十景(じっけい)(つく)る所(ところ)、橋(はし)をわたつて山門(さんもん)に入(いる)
 さて、かの跡
(あと)はいづくのほどにやと、後(うしろ)の山によぢのぼれば、石上(せきじょう)の小庵(しょうあん)岩窟(がんくつ)にむすびかけたり。妙禅師(みょうぜんじ)の死関(しかん)、法雲法師(ほううんほうし)の石室(せきしつ)をみるがごとし。
  木啄
(きつつき)も庵(いお)はやぶらず夏木立(なつこだち)
と、とりあへぬ一句を柱に残
(のこし)(はべり)し。
 
おくのほそ道   殺生石
(これ)より殺生石(せっしょうせき)に行(ゆく)。館代(かんだい)より馬にて送(おく)らる。此(この)口付(くちつき)のおのこ、短冊(たんじゃく)(え)させよと乞(こう)。やさしき事を望(のぞみ)(はべ)るものかなと、
  野
(の)を横(よこ)に馬(うま)(ひき)むけよほとゝぎす
殺生石
(せっしょうせき)は温泉(いでゆ)の出(いず)る山陰(やまかげ)にあり。石の毒気(どくけ)いまだほろびず。蜂(はち)(ちょう)のたぐひ真砂(まさご)の色の見えぬほどかさなり死す。
 
おくのほそ道 十一  遊行柳
又、清水(しみず)ながるゝの柳(やなぎ)は蘆野(あしの)の里にありて田の畔(くろ)に残(のこ)る。此(この)(ところ)の郡守(ぐんしゅ)戸部(こほう)(なにがし)の此(この)(やなぎ)みせばやなど、折ゝ(おりおり)にの給(のたま)ひ聞(きこ)え給(たま)ふを、いづくのほどにやと思(おも)ひしを、今日(きょう)(この)(やなぎ)のかげにこそ立(たち)より侍(はべり)つれ。
  田
(た)一枚(いちまい)(うえ)て立去(たちさ)る柳(やなぎ)かな
 
おくのほそ道 十二  白河の関
(こころ)(もと)なき日かず重(かさな)るまゝに、白川(しらかわ)の関(せき)にかゝりて、旅心(たびごころ)(さだま)りぬ。いかで都(みやこ)へと便(たより)(もとめ)しも断(ことわり)(なり)。中にも此(この)(せき)は三関(さんかん)の一(いつ)にして、風騒(ふうそう)の人、心をとゞむ。秋風を耳に残し、紅葉(もみじ)を俤(おもかげ)にして、青葉(あおば)の梢(こずえ)(なお)あはれ也(なり)。卯(う)の花の白妙(しろたえ)に、茨(いばら)の花の咲(さき)そひて、雪にもこゆる心地(ここち)ぞする。古人(こじん)(かんむり)を正(ただ)し、衣装(いしょう)を改(あらため)し事など、清輔(きよすけ)の筆(ふで)にもとゞめ置(おか)れしとぞ。
  卯
(う)の花をかざしに関(せき)の晴着(はれぎ)かな 曽良(そら)
 
おくのほそ道 十三  須賀川
とかくして越(こえ)(ゆく)まゝに、あぶくま川を渡(わた)る。左に会津根(あいづね)高く、右に岩城(いわき)・相馬(そうま)・三春(みはる)の庄(しょう)、常陸(ひたち)・下野(しもつけ)の地をさかひて、山つらなる。かげ沼と云(いう)(ところ)を行(ゆく)に、今日(きょう)は空(そら)(くもり)て物影(ものかげ)うつらず。すか川の駅に等窮(とうきゅう)といふものを尋(たずね)て、四、五日とゞめらる。先(まず)白河(しらかわ)の関(せき)いかにこえつるやと問(とう)。長途(ちょうど)のくるしみ、身心(しんじん)つかれ、且(かつ)は風景(ふうけい)に魂(たましい)うばゝれ、懐旧(かいきゅう)に腸(はらわた)を断(たち)て、はかばかしう思(おも)ひめぐらさず。
  風流
(ふうりゅう)の初(はじめ)やおくの田植(たうえ)うた
無下
(むげ)にこえんもさすがにと語(かた)れば、脇(わき)・第三(だいさん)とつゞけて、三巻(みまき)となしぬ。 
(この)宿(しゅく)の傍(かたわら)に、大きなる栗(くり)の木陰(こかげ)をたのみて、世(よ)をいとふ僧(そう)(あり)。橡(とち)ひろふ太山(みやま)もかくやとしづかに覚(おぼえ)られてものに書付(かきつけ)(はべ)る。其詞(そのことば)
 栗といふ文字は西の木と書
(かき)
 西方浄土
(さいほうじょうど)に便(たより)ありと、行基菩薩(ぎょうきぼさつ)
 の一生
(いっしょう)(つえ)にも柱(はしら)にも此(この)(き)を用(もちい)(たま)ふとかや。
  世
(よ)の人の見付(みつけ)ぬ花や軒(のき)の栗(くり)
 
おくのほそ道 十四  安積山
等窮(とうきゅう)が宅(たく)を出(いで)て五里(ごり)(ばかり)、桧皮(ひわだ)の宿(しゅく)を離(はな)れてあさか山有(あり)。路(みち)より近(ちか)し。此(この)あたり沼(ぬま)(おお)し。かつみ刈(かる)(ころ)もやゝ近(ちこ)うなれば、いづれの草(くさ)を花かつみとは云(いう)ぞと、人々(ひとびと)に尋(たずね)(はべ)れども、更(さらに)(しる)(ひと)なし。沼(ぬま)を尋(たずね)、人にとひ、かつみかつみと尋(たずね)ありきて、日は山の端(は)にかゝりぬ。二本松(にほんまつ)より右にきれて、黒塚(くろづか)の岩屋(いわや)一見(いっけん)し、福島(ふくしま)に宿(やど)る。
 
おくのほそ道 十五  信夫の里
あくれば、しのぶもぢ摺(ずり)の石を尋(たずね)て、忍(しの)ぶのさとに行(ゆく)。遥(はるか)山陰(やまかげ)の小里(こざと)に石(いし)(なかば)土に埋(うずもれ)てあり。里(さと)の童(わら)べの来(きた)りて教(おしえ)ける。昔(むかし)は此(この)山の上に侍(はべり)しを、往来(ゆきき)の人の麦草(むぎくさ)をあらして、此(この)石を試(こころみ)(はべる)をにくみて、此(この)(たに)につき落(おと)せば、石の面(おもて)(した)ざまにふしたりと云(いう)。さもあるべき事にや。
  早苗
(さなえ)とる手もとや昔(むかし)しのぶ摺(ずり)
 
おくのほそ道 十六  佐藤庄司が旧跡
月の輪(わ)のわたしを越(こえ)て、瀬(せ)の上(うえ)と云(いう)宿(しゅく)に出(い)づ。佐藤庄司(さとうしょうじ)が旧跡(きゅうせき)は、左の山際(やまぎわ)一里半(いちりはん)(ばかり)に有(あり)。飯塚(いいづか)の里(さと)鯖野(さばの)と聞(きき)て尋(たず)ね尋(たず)ね行(ゆく)に、丸山(まるやま)と云(いう)に尋(たずね)あたる。是(これ)、庄司(しょうじ)が旧館(きゅうかん)(なり)。梺(ふもと)に大手(おおて)の跡(あと)など、人の教(おし)ゆるにまかせて泪(なみだ)を落(おと)し、又(また)かたはらの古寺(ふるでら)に一家(いっけ)の石碑(せきひ)を残(のこ)す。中(なか)にも、二人(ふたり)の嫁(よめ)がしるし、先(まず)(あわれ)(なり)。女なれどもかひがひしき名(な)の世(よ)に聞(きこ)えつる物(もの)かなと、袂(たもと)をぬらしぬ。堕涙(だるい)の石碑(せきひ)も遠(とお)きにあらず。寺に入(いり)て茶(ちゃ)を乞(こ)へば、爰(ここ)に義経(よしつね)の太刀(たち)、弁慶(べんけい)が笈(おい)をとゞめて什物(じゅうもつ)とす。
  笈
(おい)も太刀(たち)も五月(さつき)にかざれ帋幟(かみのぼり)
五月
(さつき)朔日(ついたち)の事(こと)(なり)
 
おくのほそ道 十七  飯塚温泉
其夜(そのよ)飯塚(いいづか)にとまる。温泉(いでゆ)あれば湯(ゆ)に入(いり)て宿(やど)をかるに、土坐(どざ)に筵(むしろ)を敷(しき)て、あやしき貧家(ひんか)(なり)。灯(ともしび)もなければ、ゐろりの火(ほ)かげに寝所(ねどころ)をまうけて臥(ふ)す。夜(よる)に入(いり)て雷鳴(かみなり)、雨(あめ)しきりに降(ふり)て、臥(ふせ)る上(うえ)よりもり、蚤(のみ)・蚊(か)にせゝられて眠(ねむ)らず。持病(じびょう)さへおこりて、消入(きえいる)(ばかり)になん。短夜(みじかよ)の空(そら)もやうやう明(あく)れば、又(また)旅立(たびだち)ぬ。猶(なお)、夜(よる)の余波(なごり)(こころ)すゝまず、馬(うま)かりて桑折(こおり)の駅(えき)に出(いず)る。遥(はるか)なる行末(ゆくすえ)をかゝえて、斯(かか)る病(やまい)覚束(おぼつか)なしといへど、羇旅(きりょ)辺土(へんど)の行脚(あんぎゃ)、捨身(しゃしん)無常(むじょう)の観念(かんねん)、道路(どうろ)にしなん、是(これ)(てん)の命(めい)なりと、気力(きりょく)(いささか)とり直(なお)し、路(みち)縦横(じゅうおう)に踏(ふん)で伊達(だて)の大木戸(おおきど)をこす。
 
おくのほそ道 十八  笠島
鐙摺(あぶみずり)・白石(しろいし)の城(じょう)を過(すぎ)、笠嶋(かさじま)の郡(こおり)に入(い)れば、藤中将実方(とうのちゅうじょうさねかた)の塚(つか)はいづくのほどならんと人(ひと)にとへば、是(これ)より遥(はるか)(みぎ)に見(み)ゆる山際(やまぎわ)の里(さと)をみのわ・笠嶋(かさじま)と云(いい)、道祖神(どうそじん)の社(やしろ)・かた見(み)の薄(すすき)(いま)にありと教(おし)ゆ。此比(このごろ)の五月雨(さみだれ)に道(みち)いとあしく、身(み)つかれ侍(はべ)れば、よそながら眺(ながめ)やりて過(すぐ)るに、蓑輪(みのわ)・笠嶋(かさじま)も五月雨(さみだれ)の折(おり)にふれたりと、
  笠嶋
(かさじま)はいづこさ月(つき)のぬかり道(みち)
 
おくのほそ道 十九  武隈の松
岩沼(いわぬま)に宿(やど)る。
武隈
(たけくま)の松(まつ)にこそ、め覚(さむ)る心地(ここち)はすれ。根(ね)は土際(つちぎわ)より二木(ふたき)にわかれて、昔(むかし)の姿(すがた)うしなはずとしらる。先(まず)能因法師(のういんほうし)(おも)ひ出(いず)。往昔(そのかみ)むつのかみにて下(くだ)りし人(ひと)、此木(このき)を伐(きり)て、名取川(なとりがわ)の橋杭(はしぐい)にせられたる事(こと)などあればにや、「松(まつ)は此(この)たび跡(あと)もなし」とは詠(よみ)たり。代々(よよ)、あるは伐(きり)、あるひは植継(うえつぎ)などせしと聞(きく)に、今将(いまはた)、千歳(ちとせ)のかたちとゝのほひて、めでたき松(まつ)のけしきになん侍(はべり)し。
「武隈
(たけくま)の松(まつ)みせ申(もう)せ遅桜(おそざくら)」と挙白(きょはく)と云(いう)ものゝ餞別(せんべつ)したりければ、
  桜
(さくら)より松(まつ)は二木(ふたき)を三月(みつき)(ご)
 
おくのほそ道 二十  仙台
名取川(なとりがわ)を渡(わたっ)て仙台(せんだい)に入(いる)。あやめふく日(ひ)(なり)。旅宿(りょしゅく)をもとめて四五日(しごにち)逗留(とうりゅう)す。爰(ここ)に画工加右衛門(がこうかえもん)と云(いう)ものあり。聊(いささか)(こころ)ある者(もの)と聞(きき)て知(し)る人(ひと)になる。この者(もの)、年比(としごろ)さだかならぬ名(な)どころを考(かんがえ)(おき)(はべ)ればとて、一日(ひとひ)案内(あんない)す。宮城野(みやぎの)の萩(はぎ)(しげ)りあひて、秋(あき)の景色(けしき)(おも)ひやらるゝ。玉田(たまだ)・よこ野(の)・つゝじが岡はあせび咲(さく)ころ也(なり)。日影(ひかげ)ももらぬ松(まつ)の林(はやし)に入(いり)て、爰(ここ)を木(き)の下(した)と云(いう)とぞ。昔(むかし)もかく露(つゆ)ふかければこそ、「みさぶらひみかさ」とはよみたれ。薬師堂(やくしどう)・天神(てんじん)の御社(みやしろ)など拝(おがみ)て、其日(そのひ)はくれぬ。猶(なお)、松嶋(まつしま)・塩(しお)がまの所々(ところどころ)、画(え)に書(かき)て送(おく)る。且(かつ)、紺(こん)の染緒(そめお)つけたる草鞋(わらじ)二足(にそく)(はなむけ)す。さればこそ風流(ふうりゅう)のしれもの、爰(ここ)に至(いた)りて其(その)(じつ)を顕(あらわ)す。
  あやめ草
(ぐさ)(あし)に結(むすば)ん草鞋(わらじ)の緒(お)
かの画図
(がと)にまかせてたどり行(ゆけ)ば、おくの細道(ほそみち)の山際(やまぎわ)に十符(とふ)の菅(すげ)(あり)。今(いま)も年々(としどし)十符(とふ)の菅菰(すがごも)を調(ととのえて)て国守(こくしゅ)に献(けん)ずと云(いえ)り。
 
おくのほそ道 二十一  壷の碑
壷碑(つぼのいしぶみ) 市川村(いちかわむら)多賀城(たがじょう)に有(あり)
つぼの石
(いし)ぶみは高(たか)サ六尺(ろくしゃく)(あまり)、横(よこ)三尺(さんじゃく)(ばかり)(か)。苔(こけ)を穿(うがち)て文字(もじ)(かすか)(なり)。四維(しゆい)国界(こっかい)(の)数里(すうり)をしるす。此城(このしろ)、神亀(じんき)元年(がんねん)、按察使(あぜち)鎮守府(ちんじゅふ)将軍(しょうぐん)大野朝臣東人(おおのあそんあずまひと)(の)所置(おくところ)(なり)。天平(てんぴょう)宝字(ほうじ)六年(ろくねん)参議(さんぎ)東海(とうかい)東山(とうせん)節度使(せつどし)(おなじく)将軍(しょうぐん)恵美朝臣(えみのあそんあさかり)修造(しゅぞう)(置き字。読まない文字)、十二月(じゅうにがつ)朔日(ついたち)と有(あり)。聖武皇帝(しょうむこうてい)の御時(おんとき)に当(あた)れり。むかしよりよみ置(おけ)る哥枕(うたまくら)、おほく語(かたり)(つた)ふといへども、山(やま)(くずれ)(かわ)(ながれ)て道(みち)あらたまり、石(いし)は埋(うずもれ)て土(つち)にかくれ、木(き)は老(おい)て若木(わかぎ)にかはれば、時(とき)(うつ)り代(よ)(へん)じて、其(その)(あと)たしかならぬ事(こと)のみを、爰(ここ)に至(いた)りて疑(うたがい)なき千歳(せんざい)の記念(かたみ)、今(いま)眼前(がんぜん)に古人(こじん)の心(こころ)を閲(けみ)す。行脚(あんぎゃ)の一徳(いっとく)、存命(ぞんめい)の悦(よろこ)び、羈旅(きりょ)の労(ろう)をわすれて、泪(なみだ)も落(おつ)るばかり也(なり)
 
おくのほそ道 二十二  末の松山
それより野田(のだ)の玉川(たまがわ)・沖(おき)の石(いし)を尋(たず)ぬ。末(すえ)の松山(まつやま)は寺(てら)を造(つくり)て末松山(まっしょうざん)といふ。松(まつ)のあひあひ皆(みな)(はか)はらにて、はねをかはし枝(えだ)をつらぬる契(ちぎり)の末(すえ)も、終(ついに)はかくのごときと、悲(かな)しさも増(まさ)りて、塩(しお)がまの浦(うら)に入相(いりあい)のかねを聞(きく)
 
おくのほそ道 二十三  塩釜
五月雨(さみだれ)の空(そら)(いささか)はれて、夕月夜(ゆうづくよ)(かすか)に、籬(まがき)が嶋(しま)もほど近(ちか)し。蜑(あま)の小舟(おぶね)こぎつれて、肴(さかな)わかつ声々(こえごえ)に、つなでかなしもとよみけん心(こころ)もしられて、いとゞ哀(あわれ)(なり)。其夜(そのよ)、目盲(めくら)法師(ほうし)の琵琶(びわ)をならして奥上(おくじょう)るりと云(いう)ものをかたる。平家(へいけ)にもあらず、舞(まい)にもあらず。ひなびたる調子(ちょうし)うち上(あげ)て、枕(まくら)ちかうかしましけれど、さすがに辺土(へんど)の遺風(いふう)(わす)れざるものから、殊勝(しゅしょう)に覚(おぼえ)らる。
 
おくのほそ道 二十四  鹽竈明神
早朝(そうちょう)(しお)がまの明神(みょうぎん)に詣(もうず)。国守(こくしゅ)再興(さいこう)せられて、宮柱(みやばしら)ふとしく彩椽(さいてん)きらびやかに、石(いし)の階(きざはし)九仞(きゅうじん)に重(かさな)り、朝日(あさひ)あけの玉(たま)がきをかゝやかす。かゝる道(みち)の果(はて)、塵土(じんど)の境(さかい)まで、神霊(しんれい)あらたにましますこそ、吾国(わがくに)の風俗(ふうぞく)なれと、いと貴(とうと)けれ。神前(しんぜん)に古(ふる)き宝燈(ほうとう)(あり)。かねの戸(と)びらの面(おもて)に文治(ぶんじ)三年和泉(いずみの)三郎(さぶろう)寄進(きしん)と有(あり)。五百年(ごひゃくねんらい)来の俤(おもかげ)、今(いま)(め)の前(まえ)にうかびて、そゞろに珍(めずら)し。渠(かれ)は勇義(ゆうぎ)忠孝(ちゅうこう)の士(し)(なり)。佳命(かめい)(いま)に至(いた)りてしたはずといふ事(こと)なし。誠(まことに)(ひと)(よく)(みちを)を勤(つとめ)、義(ぎ)を守(まもる)べし。名(な)もまた是(これ)にしたがふと云(いえ)り。日(ひ)(すでに)(ご)にちかし。船(ふね)をかりて松嶋(まつしま)にわたる。其間(そのあい)二里(にり)(あまり)、雄嶋(おじま)の磯(いそ)につく。
 
おくのほそ道 二十五  松島湾
(そもそも)ことふりにたれど、松島(まつしま)は扶桑(ふそう)第一(だいいち)の好風(こうふう)にして、凡(およそ)洞庭(どうてい)・西湖(せいこ)を恥(はじ)ず。東南(とうなん)より海(うみ)を入(いれ)て、江(え)の中(うち)三里(さんり)、浙江(せっこう)の潮(うしお)をたゝふ。島々(しまじま)の数(かず)を尽(つく)して、欹(そばだつ)ものは天(てん)を指(ゆびさし)、ふすものは波(なみ)に匍匐(はらばう)。あるは二重(ふたえ)にかさなり、三重(みえ)に畳(たた)みて、左(ひだり)にわかれ右(みぎ)につらなる。負(おえ)るあり抱(いだけ)るあり、児孫(じそん)(あい)すがごとし。松(まつ)の緑(みどり)こまやかに、枝葉(しよう)汐風(しおかぜ)に吹(ふき)たはめて、屈曲(くっきょく)をのづからためたるがごとし。其(その)気色(けしき)、よう然(ぜん)として美人(びじん)の顔(かんばせ)を粧(よそお)ふ。ちはや振(ぶる)(かみ)のむかし、大山(おおやま)ずみのなせるわざにや。造化(ぞうか)の天工(てんこう)、いづれの人(ひと)か筆(ふで)をふるひ、詞(ことば)を尽(つく)さむ。
 
おくのほそ道 二十六  雄島が磯
雄島(おじま)が磯(いそ)は地(じ)つゞきて海(うみ)に出(いで)たる島(しま)(なり)。雲居禅師(うんごぜんじ)の別室(べっしつ)の跡(あと)、坐禅石(ざぜんせき)など有(あり)。将(はた)、松(まつ)の木陰(こかげ)に世(よ)をいとふ人(ひと)も稀々(まれまれ)(み)え侍(はべ)りて、落穂(おちぼ)・松笠(まつかさ)など打(うち)けふりたる草(くさ)の庵(いおり)、閑(しずか)に住(すみ)なし、いかなる人(ひと)とはしられずながら、先(まず)なつかしく立寄(たちよる)ほどに、月(つき)(うみ)にうつりて、昼(ひる)のながめ又(また)あらたむ。江上(こうしょう)に帰(かえ)りて宿(やど)を求(もとむ)れば、窓(まど)をひらき二階(にかい)を作(つくり)て、風雲(ふううん)の中(うち)に旅寝(たびね)するこそ、あやしきまで、妙(たえ)なる心地(ここち)はせらるれ。
  松島
(まつしま)や鶴(つる)に身(み)をかれほとゝぎす 曽良(そら)
(よ)は口(くち)をとぢて眠(ねむ)らんとしていねられず。旧庵(きゅうあん)をわかるゝ時(とき)、素堂(そどう)松島(まつしま)の詩(し)あり。原安適(はらあんてき)(まつ)がうらしまの和歌(わか)を贈(おく)らる。袋(ふくろ)を解(と)きて、こよひの友(とも)とす。且(かつ)、杉風(さんぷう)・濁子(じょくし)が発句(ほっく)あり。
 
おくのほそ道 二十七  瑞巌寺
十一日、瑞岩寺(ずいがんじ)に詣(もうず)。当寺(とうじ)三十二世(さんじゅうにせい)の昔(むかし)、真壁(まかべ)の平四郎(へいしろう)出家(しゅっけ)して入唐(にっとう)、帰朝(きちょう)の後(のち)開山(かいざん)す。其後(そののち)に雲居禅師(うんごぜんじ)の徳化(とっか)に依(より)て、七堂(しちどう)(いらか)(あらたま)りて、金壁(こんぺき)荘厳(しょうごん)(ひかり)を輝(かがやかし)、仏土(ぶつど)成就(じょうじゅ)の大伽藍(だいがらん)とはなれりける。彼(かの)見仏聖(けんぶつひじり)の寺(てら)はいづくにやとしたはる。
 
おくのほそ道 二十八  石巻
十二日、平和泉(ひらいずみ)と心(こころ)ざし、あねはの松(まつ)・緒(お)だえの橋(はし)など聞(きき)(つたえ)て、人跡(じんせき)(まれ)に雉兎(ちと)蒭蕘(すうじょう)の往(いき)かふ道(みち)そこともわかず、終(つい)に路(みち)ふみたがえて、石(いし)の巻(まき)といふ湊(みなと)に出(いず)。「こがね花(はな)(さく)」とよみて奉(たてまつり)たる金花山(きんかさん)、海上(かいしょう)に見(み)わたし、数百(すひゃく)の廻船(かいせん)入江(いりえ)につどひ、人家(じんか)(ち)をあらそひて、竈(かまど)の煙(けむり)(たち)つゞけたり。思(おも)ひがけず斯(かか)る所(ところ)にも来(きた)れる哉(かな)と、宿(やど)からんとすれど、更(さらに)宿(やど)かす人(ひと)なし。漸(ようよう)まどしき小家(こいえ)に一夜(いちや)をあかして、明(あく)れば又(また)しらぬ道(みち)まよひ行(ゆく)。袖(そで)のわたり・尾(お)ぶちの牧(まき)・まのゝ萱(かや)はらなどよそめにみて、遥(はるか)なる堤(つつみ)を行(ゆく)。心細(こころぼそ)き長沼(ながぬま)にそふて、戸伊摩(といま)と云(いう)(ところ)に一宿(いっしゅく)して、平泉(ひらいずみ)に到(いた)る。其間(そのあい)廿余里(にじゅうより)ほどゝおぼゆ。
 
おくのほそ道 二十九  平泉
三代(さんだい)の栄耀(えいよう)一睡(いっすい)の中(うち)にして、大門(だいもん)の跡(あと)は一里(いちり)こなたに有(あり)。秀衡(ひでひら)が跡(あと)は田野(でんや)に成(なり)て、金鶏山(きんけいざん)のみ形(かたち)を残(のこ)す。先(まず)、高館(たかだち)にのぼれば、北上川(きたかみがわ)南部(なんぶ)より流(なが)るゝ大河(たいが)(なり)。衣川(ころもがわ)は、和泉が城(いずみがじょう)をめぐりて、高館(たかだち)の下(もと)にて大河(たいが)に落入(おちいる)。泰衡(やすひら)(ら)が旧跡(きゅうせき)は、衣が関(ころもがせき)を隔(へだて)て、南部口(なんぶぐち)をさし堅(かた)め、夷(えぞ)をふせぐとみえたり。偖(さて)も義臣(ぎしん)すぐつて此(この)(じょう)にこもり、功名(こうみょう)一時(いちじ)の叢(くさむら)となる。国(くに)(やぶ)れて山河(さんが)あり、城(しろ)(はる)にして草(くさ)(あお)みたりと、笠(かさ)打敷(うちしき)て、時(とき)のうつるまで泪(なみだ)を落(おと)し侍(はべ)りぬ。
  夏草
(なつくさ)や兵(つわもの)どもが夢(ゆめ)の跡(あと)
卯の花
(うのはな)に兼房(かねふさ)みゆる白毛(しらが)かな 曽良(そら)
(かね)て耳(みみ)(おどろか)したる二堂(にどう)開帳(かいちょう)す。経堂(きょうどう)は三将(さんしょう)の像(ぞう)をのこし、光堂(ひかりどう)は三代(さんだい)の棺(ひつぎ)を納(おさ)め、三尊(さんぞん)の仏(ほとけ)を安置(あんち)す。七宝(しっぽう)(ちり)うせて、珠(たま)の扉(とびら)(かぜ)にやぶれ、金(こがね)の柱(はしら)霜雪(そうせつ)に朽(くち)て、既(すでに)頽廃(たいはい)空虚(くうきょ)の叢(くさむら)と成(なる)べきを、四面(しめん)(あらた)に囲(かこみ)て、甍(いらか)を覆(おおい)て雨風(ふうう)を凌(しのぐ)。暫時(しばらく)千歳(せんざい)の記念(かたみ)とはなれり。
  五月雨
(さみだれ)の降(ふり)のこしてや光堂(ひかりどう)
 
おくのほそ道 三十  出羽越え
南部道(なんぶみち)(はるか)にみやりて、岩手(いわで)の里(さと)に泊(とま)る。小黒崎(おぐろさき)・みづの小嶋(こじま)を過(すぎ)て、なるごの湯(ゆ)より尿前(しとまえ)の関(せき)にかゝりて、出羽(でわ)の国(くに)に越(こえ)んとす。此路(このみち)旅人(たびびと)(まれ)なる所(ところ)なれば、関守(せきもり)にあやしめられて、漸(ようよう)として関(せき)をこす。大山(たいざん)をのぼつて日(ひ)(すでに)(くれ)ければ、封人(ほうじん)の家(いえ)を見(み)かけて舎(やどり)を求(もと)む。三日(みっか)風雨(ふうう)あれて、よしなき山中(さんちゅう)に逗留(とうりゅう)す。
  蚤
(のみ)(しらみ)(うま)の尿(ばり)する枕(まくら)もと
あるじの云
(いう)、是(これ)より出羽(でわ)の国(くに)に大山(たいざん)を隔(へだて)て、道(みち)さだかならざれば、道(みち)しるべの人(ひと)を頼(たのみ)て越(こゆ)べきよしを申(もうす)。さらばと云(いい)て人(ひと)を頼(たのみ)(はべ)れば、究境(くっきょう)の若者(わかもの)、反脇指(そりわきざし)をよこたえ、樫(かし)の杖(つえ)を携(たずさえ)て、我々(われわれ)が先(さき)に立(たち)て行(ゆく)。けふこそ必(かならず)あやうきめにもあふべき日(ひ)なれと、辛(から)き思(おも)ひをなして後(うしろ)について行(ゆく)。あるじの云(いう)にたがはず、高山(こうざん)森々(しんしん)として一鳥(いっちょう)(こえ)きかず、木(こ)の下闇(したやみ)(しげ)りあひて夜(よ)る行(ゆく)がごとし。雲端(うんたん)につちふる心地(ここち)して、篠(しの)の中(なか)踏分(ふみわけ)踏分、水(みず)をわたり岩(いわ)に蹶(つまずい)て、肌(はだ)につめたき汗(あせ)を流(なが)して、最上(もがみ)の庄(しょう)に出(い)づ。かの案内(あんない)せしおのこの云(いう)やう、此(この)みち必(かならず)不用(ぶよう)の事(こと)(あり)。恙(つつが)なうをくりまいらせて仕合(しあわせ)したりと、よろこびてわかれぬ。跡(あと)に聞(きき)てさへ胸(むね)とゞろくのみ也(なり)
 
おくのほそ道 三十一  尾花沢
尾花沢(おばなざわ)にて清風(せいふう)と云(いう)(もの)を尋(たず)ぬ。かれは富(とめ)るものなれども、志(こころざし)いやしからず。都(みやこ)にも折々(おりおり)かよひて、さすがに旅(たび)の情(なさけ)をも知(しり)たれば、日比(ひごろ)とゞめて、長途(ちょうど)のいたはり、さまざまにもてなし侍(はべ)る。  
  涼
(すず)しさを我(わが)宿(やど)にしてねまる也(なり)
  這
(はい)(いで)よかひやが下(した)のひきの声(こえ)
  まゆはきを俤
(おもかげ)にして紅粉(べに)の花(はな)
  蚕飼
(こがい)する人は古代(こだい)のすがた哉(かな) 曽良(そら)
 
おくのほそ道 三十二  山寺
山形領(やまがたりょう)に立石寺(りゅうしゃくじ)と云(いう)山寺(やまでら)あり。慈覚大師(じかくだいし)の開基(かいき)にして、殊(ことに)清閑(せいかん)の地(ち)(なり)。一見(いっけん)すべきよし、人々(ひとびと)のすゝむるに依(より)て、尾花沢(おばなざわ)よりとつて返(かえ)し、其(その)(かん)七里(しちり)ばかり也(なり)。日(ひ)いまだ暮(くれ)ず。梺(ふもと)の坊(ぼう)に宿(やど)かり置(おき)て、山上(さんじょう)の堂(どう)にのぼる。岩(いわ)に巌(いわお)を重(かさね)て山とし、松栢(しょうはく)年旧(としふり)土石(とせき)(おい)て苔(こけ)(なめらか)に、岩上(がんじょう)の院々(いんいん)(とびら)を閉(とじ)て物(もの)の音(おと)きこえず。岸(きし)をめぐり岩(いわ)を這(はい)て仏閣(ぶっかく)を拝(はい)し、佳景(かけい)寂寞(じゃくまく)として心(こころ)すみ行(ゆく)のみおぼゆ。
  閑
(しずか)さや岩(いわ)にしみ入(いる)(せみ)の声(こえ)
 
おくのほそ道 三十三  大石田
最上川(もがみがわ)のらんと、大石田(おおいしだ)と云(いう)(ところ)に日和(ひより)を待(まつ)。爰(ここ)に古(ふる)き誹諧(はいかい)の種(たね)こぼれて、忘(わす)れぬ花のむかしをしたひ、芦角(ろかく)一声(いっせい)の心をやはらげ、此(この)(みち)にさぐりあしゝて、新古(しんこ)ふた道にふみまよふといへども、みちしるべする人しなければとわりなき一巻(ひとまき)(のこ)しぬ。このたびの風流(ふうりゅう)(ここ)に至(いた)れり。
 
おくのほそ道 三十四  最上川
最上川(もがみがわ)はみちのくより出(いで)て、山形(やまがた)を水上(みなかみ)とす。ごてん・はやぶさなど云(いう)おそろしき難所(なんじょ)(あり)。板敷山(いたじきやま)の北を流(ながれ)て、果(はて)は酒田(さかた)の海に入(いる)。左右(さゆう)(やま)(おお)ひ、茂(しげ)みの中に船(ふね)を下(くだ)す。是(これ)に稲(いね)つみたるをや、いな船(ぶね)といふならし。白糸(しらいと)の瀧(たき)は青葉(あおば)の隙隙(ひまひま)に落(おち)て仙人堂(せんにんどう)(きし)に臨(のぞみ)て立(たつ)。水みなぎつて舟(ふね)あやうし。
  五月雨
(さみだれ)をあつめて早(はや)し最上川(もがみがわ)
 

 
これまでに、「出羽三山の章段」までのテキストが作成されています。
  
すべての章段のテキストが揃う年月は、現在のところ未定です。

  



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