松尾芭蕉「乞食の翁」句文懐紙

天和元年(推定)作

実物の真蹟懐紙は個人蔵。

「乞食の翁」句文の解釈
泊船堂主 華桃青

窓含西嶺千秋雪


門泊東海万里船


我其句を職て、其心ヲ見ず。


その侘をはかりて、其楽をしらず。


唯、老杜にまされる物は、独多病のミ。


閑素茅舎の芭蕉にかくれて、自乞食の翁とよぶ。



櫓声波を打てはらわた氷る夜や涙

貧山の釜霜に鳴声寒シ


  買水
氷にがく偃鼠が咽をうるほせり


  歳暮
暮ゝてもちを木玉の侘寐(わびね)哉
泊船堂 第一次芭蕉庵のこと。芭蕉の別号。芭蕉は、草案の庭先から船や雪をかぶる富士山が眺められたことから、杜甫の「窓含西嶺千秋雪 門泊東呉万里船(窓ニハ西嶺千秋ノ雪ヲ含ミ、門ニハ東呉万里ノ船ヲ泊ム)」を想起して庵を「泊船堂」と名付け、自らの号とした。
門泊東海万里船 上記のように、杜詩では「東海」ではなく「東呉」。
我其句を職て、其心ヲ見ず。
「職」は「識」の誤記。「私は、その詩句を知っているが、杜甫の心は分らない」。
その侘をはかりて、其楽をしらず。
「侘び住まいのさまは推しはかれるが、そうした中の楽しみについては理解がおよばない」。
唯、老杜にまされる物は、独多病のミ。
「独」は「ひとり」と読んで「一つだけ」の意。「ただ、わたしが老杜にまさっている物があるとすれば、一つだけ、多病であること」。
閑素茅舎の芭蕉にかくれて、自(みずから)乞食(こつじき)の翁とよぶ。
「ひっそりとした草の庵の芭蕉葉にかくれて、自らを乞食の翁と呼ぶ」。
櫓声波を打てはらわた氷る夜や涙
本句は、「武蔵曲」、「泊船集」に「深川冬夜ノ寒」の前書付きで所収。松雨編「夢三年」(寛政十二年序刊)所収の「寒夜辞」句文にも。

    寒夜の辞
深川三股の辺(ほと)りに艸庵を侘て、遠くハ士峰の雪を望ミ、近くハ万里の船を浮かぶ。朝ぼらけ漕行(こぎゆく)船のあとの白浪に、芦の枯葉の夢と吹く風もやゝ暮過るほど、月に坐しては空(むなし)き樽を託(かこ)ち、枕によりてハ薄き衾(ふすま)を愁(うれ)ふ。
  艪の声波を打て腸凍る夜や涙


句意は、「静寂した闇の中から、軋(きし)みながら波を打つ櫓の音だけが、寒々と聞こえている。はらわたまで凍ってしまいそうなこの寒夜に、つい涙してしまうことであるよ」。
貧山の釜霜に鳴声寒シ
中国の豊山の鐘が、霜の降る夜にひとりで鳴ったという故事を踏まえたもので、「貧山(貧しい寺)の鐘ならぬお釜が、霜の降る夜にひとりで鳴る音を聞くと、よけいに寒さが身に応えるものである」の意。
買水(みずをかう)
氷にがく偃鼠(えんそ)が咽をうるほせり
「虚栗」に「茅舎買水」の前書あり。荘子の逍遥遊篇に「偃鼠飲河、不満腹(偃鼠河二飲ムモ、満腹二過ギズ)」とあるのに依る。「偃鼠(えんそ)」はもぐら、またはどぶねずみ。詩句は「偃鼠は大河の水を飲んでも、その量はただ腹を満たすほどに過ぎず、それ以上は望まない」の意で、これは、尭が皇位を許由に譲ろうとしたときに、許由が辞退して述べた中の一節。「人は身分相応であるのがよい」のたとえとされる。

句意は「この寒さで、買い置きしている草庵の水が凍ってしまっている。ほろ苦い味のする氷の欠片で侘しく咽を潤していると、わたしのこうした様が、かの偃鼠の姿と重なり合うように思われるよ」。

歳暮
暮ゝてもちを木玉(こだま)の侘寐(わびね)哉 
 
   「いよいよ年も暮れ、近所から餅つきの音がこだまのように聞こえてくるが、一人暮しの身にはこうした用もなく、ただ侘び寝をして様子を知るばかりである」の意。


  
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