_
山崎藤吉著 「芭蕉全傳」
編  第 章 隠遁  芭蕉庵と呼ばる
_ p.13
○天和元年
38
_

第四章 隠 遁

 芭蕉庵と呼ばる

      李下芭蕉を贈る。
    芭蕉植ゑて先にくむ萩の二葉かな
  (続深川)

(八六頁)

 








_
句評解 通説には、門人李下から芭蕉を贈られ、翌年春植ゑたとして居る、されば延宝九年春植ゑたのであらう、芭蕉を植ゑた附近に、萩が二葉になって芽出して居るので、是から萩が繁殖すれば、芭蕉の成長の妨げになることを厭(いと)ったのである、「先にくむ」が強く迫って居て、句に余裕がない、斯ういう所が蕉門の天和頃の特色であらう。

芭蕉がよく成長した。

      芭蕉を移す詞
いづれの年にや、すみかを此境に移す時、芭蕉一もとを植う、風土芭蕉に叶ひけん、数種茎を備え、其葉茂り重りて庭を狭め、萱が軒端も隠る計りなり、人呼んで草庵の名とす。


とあって、人々から芭蕉の庵と呼ばれた、移って来たのが延宝八年冬であり、芭蕉を植ゑたのが同九年の春であったとすれば、其葉の茂ったのは延宝九年(天和元年)の夏であらう。従って芭蕉の庵と人々から呼ばれたのは、其夏秋の頃と見る外はない、即ち、芭蕉庵の称号は天和元年夏からである、夫れで天和三年五月出来た「虚栗集」の中に「芭蕉盧
(ろ。「小さく粗末な家」の意)の夜」だとか、「芭蕉あるじ」などの新しい詞が使用されて居るのは、天和二年を中心にして、其前後に遣われた詞であったのだ。

然るに、其角が「終焉記」に「此の草庵の名あるを貞享元年・・・」と言ったのは、其角が例の記憶の誤りだから、拘泥するに及ばない。


(八七頁)

 
ヘルプ
 







編  第 章 隠遁  芭蕉庵と呼ばる p.13

山崎藤吉著「芭蕉全傳」   第1版発行:明治36年  第2版:大正5年  第3版:昭和10年、16年

出来事検索  芭蕉発句集  門人等の履歴検索

掲載しているテキストの無断使用・転載を禁止します。

テキストの使用を希望される場合は、こちらまでご連絡ください。
info@bashouan.com

おくのほそ道 総合データベース
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次

Copyright(C) 2002  LAP Edc. SOFT.  All Rights Reserved.
 
Maintained online by
webmaster@bashouan.com

_