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山崎藤吉著 「芭蕉全傳」
編  第 章 隠遁  六 侘齊と号す
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世上一切の物を侘び尽す
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第四章 隠 遁

 侘齊と号す

上一切の物を侘び尽して、自ら侘齊と称す。

延宝四年、江戸市中で、公然俳諧師の看板を掛け、弟子を取って、俳諧を講じて以来、新俳を興すことに専念して来た、だが、風人の習ひとして、芭蕉は渡世が極めて下手であったらしかった、其上延宝末年頃には、他の宗匠のやうに点者をしなかったことが、収入の道を塞いでしまったので、余程困窮に陥ったらしく見える。

前に掲げた通り、延宝八年には、市中に住みわびて、住居を深川に移した、又「富家喰肌肉、丈夫喫菜根、予は乏し、雪の朝独り干鮭を噛得たり」と窮迫の状を叙して居た、又延宝九年春には「餅を夢に折結ふしだの草枕」とて流浪の悲哀を歎じて居た、同年秋に至ては、我が身を侘び、我の拙きを侘び、終には侘の句を作って自ら侘齊と称した、それを左に。

      
月を侘び、身を侘び、つたなきをわびて、わぶと答へんと
      すれど問ふ人もなし、なほわびわびて。


    わびてすめ月侘齊が奈良茶歌

句評解 貧乏が迫って来たので、身の拙なさを心細く感じた述懐である、頼りない淋しい気持で月を侘び、市中の住居を侘び、身を侘び、拙きを侘びと総てにかけて「わびてすめ」と強ひて心を落付けようと苦悶しつゝ、

(八八頁)

 







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奈良茶歌を唄って居るといふのである。
奈良茶は、奈良の寺方でする風流の飯のことで、豆栗等を入れた茶飯の類で、俳諧味の多いものである、其風流味を賞した歌が奈良茶歌である。
此句は、「武蔵曲」に載って居るので、延宝九年のものと推定される、そして秋の句である。

芭蕉は、晩年になっては、此の侘に打勝って、侘しさを面白がるやうになった、是は徹底したからであらう、元禄七年門人素龍に左の如く語って居たのが其証拠である。

君子のまことに窮すと宣しみち、あるは、仏のさとりなとはさるものにて、侘敷を面白がるは、やさしき道に入たるかひなりけらしと(この箇所、原文では傍点)、あるじ(芭蕉)の打ほころびていへるぞ、たのもしきとり所なる・・・(別座敷)

とある、晩年には、此の侘を面白いものに楽んだのである。

新草庵の感想

    
冬月江上に居をうつして、寒を侘る茅舎の三句、

    柴の戸に茶を木葉かく嵐かな


    柴の戸の句は、既に前の深川に移るの條に掲げた。

    芭蕉野分盥に雨をきく夜かな    (武蔵曲)

    消炭に薪わる音か小野の奥     (続深川)


(八九頁)

 
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句評解 芭蕉野分の句、此の句、初め「野分して」と二字余りであった、後に「して」の二字を削った、野分は秋吹く疾風である、盥(たらい)は庵の中にあるものとも、又は庵の外にあるものとも、両方に見方がある、庵内で雨漏を受ける盥よりも、屋外の盥を打つ雨の音の方が感じが深かろう。
其角の「芭蕉翁終焉記」には、此句を天和四年草庵復興雨中吟としてあるし、又「菅菰抄」には、甲斐にて越年、翌天和三年夏深川の旧地に帰って芭蕉一もとを植ゑての吟としてある、けれども此句を収録してある「武蔵曲」は天和二年三月上旬に出来たものであるから、是に載せられてある野分は、天和元年の野分であろう。
句評解 消炭にの句、新草庵では寒さにも堪へられず、僅に貧乏の人の使ふという貧弱な消炭を入れた火桶を擁して辛うじて暖を取りつゝ、遙に小野白炭の産地の山奥に於ける優良な炭の製出のさまを憶ひ暮す趣である。
寒さを侘びたので小野白炭を連想し、白炭を連想したので白炭を製造する薪をわる音を持出した所は、舒し方が廻りくどくはあるが、侘びたさまが妙に現れて居る。

      深川冬夜の感
    艪の声波を打て膓
(はらわた)氷る夜やなみだ
句評解 冬夜の寒さを侘びてゐる上に、更に波に響く艪の声を聞いて、腸の凍るやうな寒い夜やと歎じたのである、其歎息を涙といふ一字で現はして居るのが余韻が深い所である、天地物心皆凍るさまである。
此句の調を、世に漢詩くづしと言って居る、天和時代の「虚栗集」の調の始まりである、調の上では、漢詩模
(九〇頁)
 
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倣の跡が、佶屈(きっくつ)として現はれて居るのが余り感心しないけれども、芭蕉が主義理想として居た蕉風はもう可なり頭角を見せ始めて居る。

宝九年と推定さるゝ句。

    二日酔ものかは花のあるあいだ

      延宝末年頃は、若い元気に委せて酒に親んだやうに見え、
      又身を侘びて自暴に陥らんとしたかのようにも見える。

    藻にすだく白魚やとらば消えぬべき

    
盛じや花に坐(そゞろ)浮法師ぬめり妻  (東日記)

      
上野春興
    花に酔り羽織着てかたなさす女     (続深川)

    艶なる奴今やう花に弄齊す       (木因宛書状)

    
蜀魂(ほととぎす)まねくか麦のむら尾花   (後れ双六)

(九一頁/本頁p.92に続く)

 
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編  第 章 隠遁  六 侘齊と号す p.14

山崎藤吉著「芭蕉全傳」   第1版発行:明治36年  第2版:大正5年  第3版:昭和10年、16年

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