俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡 おくのほそ道関連地図帳


第11集 「芭蕉と名取」関連地図
 
 



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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
 
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第11集 芭 蕉 と名 取

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おくのほそ道関連地図帳


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説 明
   

【藤原実方】

藤原実方について 仙台岩沼線に建つ標柱の写真 藤原実方の墓(名取資料写真と解説/2)

   

【道祖神社】 

道祖神社について 道祖神社関連(名取資料写真と解説/3)

   

【笠島廃寺跡について】 

笠島廃寺跡は名取市指定の遺跡で、道祖神社の表参道添いに位置する。昭和26、27年に発掘調査が行われ、礎石のある土壇状遺構や古代の布目瓦(ぬのめがわら)などが出土した。遺物から奈良・平安時代頃の寺院跡と見られている。

登り口付近 廃寺跡に通じる道 廃寺跡 廃寺跡の礎石

   

【旧中沢家住宅について】 

18世紀後半に建てられたと推定される中型農家で、昭和49年に国指定の重要文化財になった。建物の内部は、平面が名取型といわれる田の字型の四周取りになっている。

旧中沢家住宅

   

【雷神山古墳について】 

標高40m前後の丘陵に建造された東北最大規模の前方後円墳(国指定遺跡)。4世紀後半から5世紀前半に築かれた地方豪族の首長の墓と考えられている。後円部の頂に雷神を祭った祠があるので「雷神山古墳」と命名された。主軸168m、後円部の径96m・高さ12m、前方部の長さ72m・前端幅96m・高さ6m。

雷神山古墳碑 後円部から前方部を見る

   

【芭蕉句碑(道祖神路)について】 

旧奥州街道を館腰神社から南に下ると、川内沢川の土手際に芭蕉の句を刻む三角柱の「道祖神路」がある。「笠島塚」、「芭蕉塚」と呼ばれる。安政3年(1856年)に建てられたもので、それ以前は「笠島塚」という道標が建っていた。

芭蕉句碑(道祖神路) 碑文

   

【衣笠の松(増田宿駅跡)について】 

奥州街道の開通に伴い、慶安3年(1650年)仙台藩二代藩主伊達忠宗の時に増田宿駅が設置された。機能の中心は交通の世話をする検断役所で、北町に長町からの人馬を継ぎ立てる名取郡北方検断役所が、本町に中田からの分を継ぎ立てる南方検断役所が置かれていた。

衣笠の松は、北方検断を勤めた菊池氏の庭にあった樹齢数百年の大傘の松で、明治9年6月に明治天皇が立ち寄った際、随行者木戸孝允が「大君の立寄りましじ陰なれば衣笠の松とこそいうなかりけれ」と詠んだことから「衣笠の松」と命名された。

増田宿駅跡(名取郡北方検断役所跡) 衣笠の松