黒羽資料写真と解説(1)

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雲巌寺への道 雲巌寺への道。

雲巌寺からやや下ったところに、「おくのほそ道」の標柱が建つ旧道がある。芭蕉は、曽良や黒羽の若い門人らを伴って、この道から雲巌寺に向かった。
 
         「おくのほそ道」の標柱
雲巌寺。

雲巌寺は、臨済宗妙心寺派の禅寺で山号を東山という。筑前博多・聖福寺、越前・永平寺、紀州由良・興国寺とともに禅宗の四大道場の一つとされる。
写真の橋は、武茂(むも)川に架けられた瓜(か)てつ橋で、山内の独木橋、瑞雲橋、涅槃橋、梅船橋とともに東山五橋に数えられる。
雲巌寺
雲巌寺境内 雲巌寺境内。

橋を渡ると、端正な植木を傍らにした石段が続き、登り詰めたところに「雲巌寺専門道場」の看板を掲げた山門が構えている。山門を抜けると広々とした境内に出る。
雲巌寺には、禅寺らしい楚々とした佇まいがあり、いくつかの堂宇が広い境内に離れて建てられている。
句歌碑周辺の景。
 
たて横の五尺にたらぬ草の庵むすぶもくやしあめなかりせば 仏頂

木つゝきも庵はやぶらず夏こだち 芭蕉
 
山門をくぐって左に行くと、紫陽花の植え込みの中に芭蕉が雲巌寺を訪れた謂れを書く大きな説明板が建ち、その奥に仏頂禅師の歌と芭蕉の「木啄も庵はやぶらず夏木立」の句を刻む碑がある。

 

句歌碑を見る
句歌碑周辺の景
「おくのほそ道」文学碑 「おくのほそ道」文学碑。

旧黒羽町(現在大田原市の一部)の地に3つある文学碑の中の1つで、瓜てつ橋に向かって左の道沿いにある。雲巌寺の章段が刻されている。
この裏手を武茂川が流れ、瓜てつ橋付近から川べりまで下りると、清流の上に朱色の橋が円弧を描く、格別の景観を楽しむことができる。

「おくのほそ道」碑拡大
山居跡へ続く道。

芭蕉は書院に近いこの道から、仏頂禅師が「たて横の五尺にたらぬ草の庵むすぶもくやしあめなかりせば」と詠んだ山居跡に向かった。今は道を塞がれ訪ねることはできない。
山居跡へ続く道
山居跡へ続く道 山居跡へ続く道。

仏頂禅師は、雲巌寺四十五世徹通和尚と親交が厚かったことから、晩年、雲巌寺裏山に山居を営んだが、正徳5年(1715年)、病により74歳で没した。山居は、その後、幾代かの庵主を得たが次第に廃虚と化し、大正15年(1926年)山内に水道がひかれたとき、当地に防火用の水槽が築かれた。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第19集 芭蕉と那須野が原
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