那須資料写真と解説(4)

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遊行柳 遊行柳。

芭蕉は、元禄2年(1689年)4月19日(新暦6月6日)、西行ゆかりの遊行柳の地に足を踏み入れた。
背景の山は、曽良の随行日記に記されている鏡山。

 
遊行柳について
 
「遊行柳」の碑
晴天の日の遊行柳
晴天の日の「清水」と遊行柳

遊行柳・温泉神社から。

右は、芦野温泉神社側から見た遊行柳。2本あるうちの右の柳が玉垣に囲まれた「遊行柳」で、町役場によれば現在の遊行柳は昭和30年代に植えられたものという。何代目にあたるかは不明。
遊行柳に通じる道(温泉神社の参道)沿いに「清水流るゝの柳」の「清水」らしき小川が流れているが、当時のものではない。
遊行柳・温泉神社から
田一枚植て立去る柳かな (芭蕉) 遊行柳・芭蕉句碑。
 
田一枚植て立去る柳かな
 
遊行柳の玉垣の脇に建つ句碑で、「おくのほそ道」に次のように書かれている。
又、清水ながるゝの柳は蘆野の里にありて田の畔に残る。(中略)、いづくのほどにやと思ひしを、今日此柳のかげにこそ立より侍つれ。
田一枚植て立去る柳かな

 
遊行柳周辺
西行歌碑。
 
道のべに清水流るゝ柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ
 
室町後期、観世信光(1435〜1516)は、西行が詠んだ上の歌を主題にして謡曲「遊行柳」を創作した。これにより、芦野の柳は「遊行柳」として広く世に知られるところとなり歌枕の地となった。
西行歌碑
蕪村句碑 蕪村句碑。
 
柳散清水涸石処々
(柳散り清水かれ石ところどころ)

 
蕪村の句碑は、芭蕉句碑の向い側に西行の歌碑と並んで建てられている。昭和23年(1948年)の建立。
芦野温泉神社・上の宮。

遊行柳の背後に鏡山があり、その麓に、「おくのほそ道」で「此所の郡守戸部某」と書かれた芦野民部資俊が元禄4年に建立した温泉神社(ゆぜんじんじゃ。通称・上の宮)がある。大己貴命、誉田別命など5神を祭神とし、境内には、樹齢数百年のイチョウの巨木がある。
「上の宮」のやや黒羽寄りに、「下の宮」とも呼ばれる芦野温泉神社がある。
芦野温泉神社・上の宮


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第19集 芭蕉と那須野が原
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