日光資料写真と解説(8)

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行者道 裏見の滝・行者道。

元禄2年(1689年)4月2日(新暦5月20日)、芭蕉と曽良は、午前8時ごろ上鉢石町の五左衛門宅を出て裏見の滝へ向かった。
天気快晴。辰ノ中尅、宿ヲ出。ウラ見ノ瀧(一リ程西北)、カンマンガ淵見巡、漸ク及午。(曽良日記)
今は道が整備され、子供でも裏見の滝まで行き着くことができるが、当時は行者道と呼ぶに相応しい険しい山道であった。

登り口の道標
裏見の滝。

登り口から15分ほど山道を歩くと、芭蕉が「飛流して百尺」、「千岩の碧潭」と表現した裏見の滝が見えてくる。
廿余丁山を登つて瀧有。岩洞の頂より飛流して百尺、千岩の碧潭に落たり。岩窟に身をひそめ入て瀧の裏よりみれば、うらみの瀧と申伝え侍る也。
暫時は瀧に籠るや夏の初

(おくのほそ道)
裏見の滝
裏見の滝 裏見の滝。
 
日光には多くの滝があるが、この裏見の滝は、華厳の滝、霧降の滝とともに日光三大名瀑の1つに数えられている。裏見の滝は、その名の通り裏側からも眺めることができるが、裏側への道筋はできているものの、雨天のときはすべり易くなるので十分注意する必要がある。
明治35年(1902年)の大洪水で岩盤が崩落し、滝口が数メートル後退している。
 
岩盤が崩落する前の写真
裏側からの景。

足元に注意して不動明王が祭られているところまでのぼりつめると、轟き落ちる滝水が眼前に迫ってくる。芭蕉が記した「飛流して百尺」は、まさにこの景を指すのだろうと思われた。
芭蕉は、涼味満点のこの滝裏に暫時こもり、夏行(げぎょう)の境地に浸った。
裏側からの景
滝壷 裏見の滝・滝壷。

「おくのほそ道」の旅の途中、芭蕉は須賀川から江戸の杉山杉風に書簡(元禄2年4月26日付)を届けたが、その折に、次の句を記した曽良の書簡が添付されている。

日光うら見の瀧
ほとゝぎすへだつか瀧の裏表 翁
うら見せて涼しき瀧の心哉 曽良


滝壷からの流れを見る


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第18集 芭 蕉 と 日 光
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