小山資料写真と解説(2)

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壬生一里塚 壬生一里塚。

[壬生町] 江戸・日本橋から数えて23里(約92km)にあたる一里塚で国指定文化財。昔は塚の前を走る壬生通の両脇にあったが、今は西側の塚だけが残っている。塚の上に若い榎が植え継がれ、その脇に、前の代の切り株が残されている。
壬生一里塚。

[壬生町] 一里塚は、街道の整備の一貫として慶長9年(1604年)、五街道のそれぞれに、里程表示のため日本橋を起点にして一里ごとに土を盛り、街道の両側に塚をつくったもので、一里は36町(約4km)に統一され、塚には主に榎が植えられた。
壬生一里塚
飯塚一里塚(東側) 飯塚一里塚(東側)。

[小山市] 壬生一里塚の一里南にある塚で、壬生通の飯塚宿と壬生宿の間に設けられた。
飯塚一里塚(西側)。

[小山市] 壬生通は、日光街道(奥州街道)の喜沢から北西に折れる街道で、楡木で日光例幣使街道と道筋を同じにし、今市で日光街道と結ばれる。
ちなみに、日光街道と奥州街道は喜沢の先の宇都宮で分岐する。
飯塚一里塚(西側)
飯塚一里塚(両側) 飯塚一里塚(両側)。

[小山市] 今日では道の両側に塚が残っているのは珍しくなっているが、飯塚一里塚は木が植え継がれていないものの両側に塚が残されている。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第17集 芭蕉と室の八島
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