深川界隈資料写真と解説(8)

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富岡八幡宮 富岡八幡宮。

菅原道真の子孫といわれる長盛法印が、東京湾内の小島・永代島周辺の砂洲一帯を埋め立てて社地と氏子の住宅地を開き、寛永4年(1627年)、当地に応神天皇を主祭神として八幡宮を創祀したのが始まりといわれる。後に長盛は別当寺・遍照院(承応2年、1653年に大栄山金剛院永代寺となる)を建立し初代住職となったが、永代寺は明治2年(1869年)の神仏分離政策により八幡宮から分離された。
富岡八幡宮の本殿。

祭礼は「深川八幡まつり」として8月中旬に行われ、山王日枝神社、神田明神の祭礼とともに江戸三大祭に数えられる。深川八幡まつりは初期のころ船で行う祭であったが、寛永20年(1643年)からは陸の祭礼となり神輿が氏子各町に渡御するようになった。

境内にある歴代横綱力士碑
大関力士碑
富岡八幡宮の本殿
花本社への入口 芭蕉を祭る花本社。

富岡八幡宮境内末社に、芭蕉を祭神とする「花本社」がある。縁起によれば、寛政年間(1789〜1800年)に当時の俳人有志により建立されたもので、天保14年(1843年)芭蕉の150年忌に二条家から「花本大明神」の称号が贈られたとされる。
「花本」は、西行の「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」の歌にちなんだものともいわれる。
芭蕉を祭る花本社。

写真の社には、花本社の他に祖霊社、天満天神社、聖徳太子社、住吉社など7つの境内末社が鎮座し、花本社は祖霊社(左端)に合せ祭られている。
この社の左右に、永昌五社稲荷神社、七渡神社・粟島神社が建っている。

祖霊社(花本社)の神号額
花本社


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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[特 集] 芭蕉と深川界隈
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