千住資料写真と解説(2)

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千住神社 千住神社。

千住宮本町に鎮座する。旧日光街道からは、千住仲町と千住一丁目の境を通る通称「大踏切の通り」を国道4号線まで行き、大師道を北西の方向に100m余り歩いたところにある。江戸時代までは稲荷神社と氷川神社の二社が鎮座したが、明治6年(1873)年に合祀して西森神社となり、更に大正4年(1915年)に千住神社に改められた。
千住神社の本殿。

千住神社の祭神は、稲荷神社の宇迦之御魂命と氷川神社の須佐之男命である。江戸時代まで稲荷神社と氷川神社が分かれて鎮座していたため、境内付近は「二つ森」と呼ばれ、当地で代々の将軍が鷹狩りを行ったことが伝えられる。寛永2年(1625年)に千住が日光街道の初宿に指定されているが、神社が宿の西方にあたっていることから「西の森」ともいわれた。
千住神社の本殿
千住神社の参道 千住神社の参道。

参道入口の大鳥居は慶応2年(1866年)に建立されている。神社の参道沿いに、芭蕉句碑などの石碑が、石柵に囲まれて整然と建ち並んでいる。
芭蕉句碑。

ものいえば唇寒し秋の風

貞亨・元禄年間に詠まれた句。句碑は慶応2年(1866年)に建立され、裏面には「明日や支那西洋も天の下」(八八翁月窓)が彫られている。
芭蕉句碑


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第15集 芭 蕉 と 旅 立 ち
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