塩釜資料写真と解説(5)

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御釜神社
(元禄2年5月8日) 出初ニ塩釜ノかまを見ル。(曽良随行日記)

御釜神社では毎年7月5日の満水時に塩釜湾の釜ヶ淵から海水を汲み取り、一年間御神釜四口に張られた海水を取り替える神事が行われる。神社では、古代製塩の藻塩焼きが今も行われている。
  
平安前期の貴族源融(みなもとのとおる)が六条あたりの河原院に塩釜の景を築き、藻塩を焼く風雅を楽しんだことはつとに有名。

(8日) 宿、治兵ヘ、法蓮寺門前。加衛門状添。銭湯有ニ入。(日記)

裏坂を下りきったところが、鹽竈神社の別当寺法蓮寺跡。当時裏参道添いには、法蓮寺の仏殿や客殿、勝画楼、方丈、山内脇院十二院などが建ち並んでいた。勝画楼からは塩釜の浦が一望できたという。
法蓮寺跡の説明板
現在の勝画楼
嘉永6年(1853年)建立の法連寺を詠んだ句碑

法蓮寺跡
芭蕉止宿の地
(8日) 其夜、目盲法師の琵琶をならして奥上るりと云ものをかたる。平家にもあらず、舞にもあらず。(おくのほそ道)

芭蕉が一泊した治兵衛の宿は、法蓮寺門前、すなわち鹽竈神社の裏参道(裏坂)の登り口付近にあった。当地に「芭蕉止宿の地」の碑が建っている。

蕪村筆「奥の細道画巻」(逸翁美術館蔵)に「目盲法師の琵琶をならして奥上るりと云ものをかたる」様子が描かれている。

(8日) 五月雨の空聊はれて、夕月夜幽に、籬が嶋もほど近し。蜑の小舟こぎつれて、肴わかつ声々に、つなでかなしもとよみけん心もしられて、いとゞ哀也。(おくのほそ道)

塩釜の浦(千賀の浦)。

正面に見える小高い山は鹽竈神社のある一森山。
 
籬島を遠望(写真中央)
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塩釜の浦
鹽竃神社の表参道
(9日) 早朝塩がまの明神に詣。国守再興せられて、宮柱ふとしく彩椽きらびやかに、石の階九仞に重り、朝日あけの玉がきをかゝやかす。(おくのほそ道)

仙台藩藩祖伊達政宗は慶長12年(1607年)6月に鹽竈神社の再興を果たし、その約50年後の寛文、後の元禄にも後代の藩主によって神社の造営が行われている。

石の階九仞に重り」と書かれた表参道・表坂は男坂、海坂とも呼ばれ202の石段でできている。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第14集 芭 蕉 と 塩 釜
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