塩釜資料写真と解説(6)

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鹽竃神社
(9日) 早朝塩がまの明神に詣。国守再興せられて、宮柱ふとしく彩椽きらびやかに、石の階九仞に重り、朝日あけの玉がきをかゝやかす。(おくのほそ道)

朝日あけの玉がきをかゝやかす」は、曽良の随行日記によれば「辰の刻(午前8時ごろ)」の光景。

芭蕉が見た鹽竈神社は寛文の造営によるものだが、規模的には現在に劣らないものとみられている。

(9日) 神前に古き宝燈有。かねの戸びらの面に文治三年和泉三郎寄進と有。五百年来の俤、今目の前にうかびて、そゞろに珍し。渠は勇義忠孝の士也。佳命今に至りてしたはずといふ事なし。誠人能道を勤、義を守べし。名もまた是にしたがふと云り。(おくのほそ道)

文治3年(1187年)7月、「勇義忠孝の士」泉三郎(泉の三郎、和泉三郎)忠衡が寄進した「文治の燈篭」。泉三郎は、父秀衡の意志を継ぎ、最後まで忠義を尽して源義経を守った。

鹽竃神社拝殿脇の「文治の燈篭」
文治の燈篭 文治の燈篭。

かねの戸びら1  2
 とびらの部分だけ色が異なる
 のは近年の修復に依る。

燈篭の説明板

石柵
 石柱の1本1本に、江戸時代、
 近在の俳人が詠んだ発句が
 彫られている。

泉三郎関連資料写真
(9日) 快晴。辰ノ尅、鹽竈明神ヲ拝。帰テ出船。千賀ノ浦・籬島・都島等所々見テ、午ノ尅松島ニ着船。(曽良随行日記)

壱番館の近くに建つ「芭蕉船出の地」碑。現在の海岸線は昭和の埋め立てによってできたもので、芭蕉が訪れたころ、この辺りは海岸線だった。

近世と現在の鹽竈神社界隈

芭蕉船出の地
「おくのほそ道」碑 「おくのほそ道」碑。

鹽竈神社の茶店付近に建つ「おくのほそ道」碑。「おくのほそ道」の「五月雨の空聊はれ・・・」から「其間二里餘、雄嶋の磯につく」までのくだりが刻まれている。石碑は昭和35年に塩釜観光協会が建立したもの。

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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第14集 芭 蕉 と 塩 釜
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