多賀城資料写真と解説(5)

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野田の玉川

野田の玉川。

多賀城市と塩釜市をまたぐ小流で、塩釜市の大日向を源流とする。多賀城市は、「野田の玉川」が下流域にたびたび洪水を引き起こしたことから、平成4年に「水・緑景観モデル事業」として市内の流域を、写真に見る川姿に整備した。

「野田の玉川」に架かる橋
野田の玉川。

平安中期の歌人能因が、「ゆふさればしほ風こしてみちのくののだの玉河千鳥なくなり」と詠んだことに由来する歌枕。井手(京都府綴喜郡井手町)の玉川、三島(大阪府高槻)の玉川の里、調布(東京都)の玉川(多摩川)、野路(滋賀県草津市)の玉川、高野の玉川(和歌山県高野山)とともに、六玉川(むたまがわ)の一つに数えられる。    
野田の玉川
おもわくの橋 おもわくの橋。

「野田の玉川」に架かる8つの橋の1つ。前九年の役の時に阿倍貞任がこの橋で恋人「おもわく」と待ち合わせをしたという伝説からこの名がある。「安倍の待橋」とも呼ばれる。西行の歌に、この橋を詠んだ「ふままうきもみぢのにしきちりしきて人もかよはぬおもはくのはし」がある。

野田の玉川(塩釜市)。

塩釜市を流れる「野田の玉川」。その一部に昔からの流れが残り、往時の面影を偲ぶことができる。写真は、2000年に多賀城市との境界付近で撮影したもの。
野田の玉川(塩釜市)
能因歌碑(塩釜市) 能因歌碑(塩釜市)。

東北本線塩釜駅付近の民家の庭先に、樹齢数百年と推測される古松が植えてあり、その傍らに能因の「ゆふさればしほ風こしてみちのくののだの玉河千鳥なくなり」の歌碑(左端)が見られる。写真は2000年に撮影。
 
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第13集 芭 蕉 と 多 賀 城
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