岩沼資料写真と解説(3)

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竹駒神社・参道 竹駒神社・参道。

竹駒神社は承和9年(842年)に、小倉百人一首にも名を連ねる小野篁(たかむら)が陸奥守として着任した際、東北開拓、産業開発の大神として創建された。
竹駒神社で最も盛んなお祭りは初午大祭で、旧暦2月の初めての午の日から七日間にわたり祭事が行われ、多くの人出で賑わう。写真の鳥居は三の鳥居。
 
一の鳥居(奥に二の鳥居)
竹駒神社・随身門。

文化9年(1812年)に建築されたこの門は彫刻類や意匠に優れ江戸後期の秀作といわれる。神号額は仙台藩七代藩主伊達重村の筆によるもので、神号額の下に掲げられた「丹心報国」の大額は明治の代表的書家中林梧竹の筆による。
随身門脇の桜の木は、例年正月前後と春に花を咲かせる。

年末に開花した桜
竹駒神社・随身門
竹駒神社・唐門 竹駒神社・唐門。

天保13年(1842年)に建築されたもので、総けやき造り、銅板葺の屋根は随身門と同じだが、こちらは、そり曲がった曲線状の破風を取り入れた唐破風造りとなっている。前後に唐破風がある唐門を向唐門(むかいからもん)というが、規模の面から、向唐門としては宮城県最大級の遺構とされている。

唐門脇にある土肥晩翠歌碑
竹駒神社・社殿。

かつての社殿は仙台藩五代藩主伊達吉村によって造営されたものであったが、平成2年(1990年)に火災で焼失し、4年後の平成6年に現在の社殿が再建されている。
芭蕉は、元禄2年(1689年)5月4日(新暦6月20日)、竹駒神社に参詣した。

岩沼入口ノ左ノ方ニ竹駒明神ト云有リ。(曽良随行日記)
竹駒神社・社殿
芭蕉句碑 芭蕉句碑。

桜より松は二木を三月越

神社境内の北東部に、二木塚と言われる芭蕉句碑(左)が立っている。芭蕉百年忌にあたる寛政5年(1793年)に建てられたもの。
右は、芭蕉句碑を建てた東龍斎謙阿の「朧より松は二夜の月にこそ」の句碑。

句碑拡大
竹駒寺。

中央通りを挟み竹駒神社の東側にある。正式には真言宗宝窟山竹駒寺といい、江戸時代までは竹駒神社の別当寺であった。竹駒寺は能因法師を開祖とし、縁起には、能因が陸奥を旅する途中、竹駒神社の社の傍らに庵を結んで神に仕え、歌道に精進して悟りを得たとあり、その時の庵が竹駒寺になったという。

竹駒寺の本堂
竹駒寺


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第10集 芭 蕉 と 岩 沼
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