福島資料写真と解説(1)

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信夫文知摺観音の芭蕉像 信夫文知摺観音の芭蕉像。

文知摺観音は福島駅から東方4kmほどのところにある。
バスを利用する場合は、JR福島駅から宮下町経由文知摺行か移薮行に乗り山口で下車。停留所から徒歩で5分ほど。

芭蕉像の台座。

信夫文知摺関連の歴史(1)
(安洞院の歴史年表から抜粋)
1689 芭蕉と曽良文知摺訪問
1746 幕府巡検使文知摺視察
1885 信夫郡長柴山景綱文知摺発掘。明治天皇、皇太后、皇后陛下に文知摺絹・著書「しのぶもちり」献上。
1887 内務省土木局長三島通庸、内務顧問黒田清隆、視察。
「信夫の里の段」が刻まれた台座
宝物殿と説明板 宝物殿と説明板。

信夫文知摺関連の歴史(2)

1893 子規文知摺訪問で句詠む
1900 文知摺石周囲石垣にする
1904 信夫郡長発掘記念碑建立
1908 文知摺に東宮殿下(後の大正天皇)行啓される
1911 小川芋銭画伯文知摺訪問
芭蕉句碑。

早苗とる手もとや昔しのぶ摺

文知摺石脇の高台に建つ芭蕉句碑。京都の俳人丈左房が寛政6年(1794年)5月、文知摺観音で芭蕉追恩句会を開催した時に建立。刻印は丈左房の揮毫による。

句碑拓本
早苗とる手もとや昔しのぶ摺 (芭蕉)
文知摺石
文知摺石。

文知摺石は、元禄9年の桃隣『陸奥鵆』に「長サ一丈五寸(約315cm)、幅七尺余(約210cm)」の大きさとあるが、その後次第に埋まり、明治になると地上からわずかに頭を出すまで(高さ一尺、縦五尺、横三尺)になったという。信夫郡長の柴山景綱がこれを掘りおこし、今日の姿にしている。

しのぶもぢ摺について
文知摺石。

昔、信夫の里は、綾形石の自然の石紋と綾形、そしてしのぶ草の草の葉形などの模様に摺り込んだ布が特産物だったという。

元禄10年(1697年)ごろの文知摺観音境内
文知摺石


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第8集 芭 蕉 と 福 島
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