福島資料写真と解説(2)

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多宝塔 多宝塔。

文化9年(1812年)安洞院八世光隆和尚の建立と伝えられる。明治17年に銅板葺に改められた。多宝塔遺構は畿内に多いが関東以北は10棟ほどしかなく、東北では唯一のものとされる。
源融と虎女の墓。

源融は、加茂川にほどちかい六条あたりの邸宅河原院の池に、わざわざ海水を運んで塩釜の浦を作り上げ、海水を使って藻塩を焼く(製塩の手法)風雅を楽しんだことから河原左大臣といわれた。

源融について
河原左大臣源融と虎女の墓
源融の歌碑 源融の歌碑。

明治8年に建立。「陸奥の忍ぶもぢ摺誰故に乱れ初にし我ならなくに」と、伊勢物語や百人一首にでてくる形で刻まれた句碑。古今和歌集では下の句が「乱れむと思ふ我ならなくに」となっている。
正岡子規句碑。

昭和12年(1937年)に建立されたもの。子規自筆の文字で、「涼しさの昔をかたれしのぶずり」の句が刻まれている。
「文学界」が創刊された明治26年(1893年)27歳の時、7月から8月にかけて東北の俳諧宗匠を訪ねる旅に出ており、その時に文知摺観音に立ち寄って詠んだもの。この句は、子規の旅行記「はて知らずの記」に収められている。
涼しさの昔をかたれしのぶずり (正岡子規)
小川芋銭歌碑 小川芋銭歌碑。

明治44年(1911年)画伯が文知摺観音を訪問した際に詠んだ歌「若緑志のふの丘に上り見れば人肌石は雨にぬれいつ」が刻まれている。昭和23年建立。池田龍一の筆による。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第8集 芭 蕉 と 福 島
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