福島資料写真と解説(8)

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旧奥州街道 大木戸に残る旧街道。

「伊達の大木戸(伊達郡国見町大木戸地区)」に残る旧奥州街道・国見峠越えの道。芭蕉は、この道から藩境の越河を目指した。

芭蕉翁碑。

奥州街道の国見峠・長坂の茶屋跡に建つ芭蕉翁碑。
「飯塚温泉の章段」の抜粋を刻む碑で、碑陰に画家小川千甕(おがわせんよう)の「建碑の銘」がある。以下はその全文。

伊達の大木戸は文治五年藤原泰衡と源頼朝両軍決戦の遺蹟にして二重隍今なおその面影を留む。元禄二年芭蕉翁この地を過り「奥の細道」千古の名文を残す。これを慕いて訪れる者また跡を絶たず。里人ここに相図りて、樹木を払い、草を刈り、長坂の茶屋跡なる奥州街道の一部を復元し、碑を建つ。
芭蕉翁碑
阿津賀志山防塁 奥州合戦の激戦地。

阿津賀志山防塁。国指定史跡。文治5年(1189)に奥州藤原泰衡が、源頼朝軍を迎え撃つために築いたもので、「二重堀」と呼ばれる。土塁と空堀からなる防塁は、阿津賀志山の中腹から阿武隈川の方角に3.2kmに渡って築かれ、今も、所々にその遺構が見られる。
義経の腰掛松。

国見神社の西側にある赤松で、源義経が平泉に下る時に、腰を掛けて休んだと伝えられる。現在の松は二代目で、樹齢二百年。傍らの建物は、文政年間に焼けた一代目の松の根幹を護る覆堂。

一代目の松の根幹
国見神社(国見町石母田)
義経の腰掛松


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第8集 芭 蕉 と 福 島
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