安積沼について
 
安積沼跡     日和田町根柄にある「安積沼跡」の説明板
 
安積沼跡地を走る東北本線
        安積沼跡地を走る東北本線

芭蕉が日暮れ時まで「花かつみ」探しをしたという沼の辺は、日和田の安積山の南西方向、東北本線の北側のくぼ地一帯にあたり、芭蕉が来訪した頃は「沼モ少残ル」(曽良随行日記)ものの、既に安積沼として知られた往時の光景は無く、沼底は、今と同じように水田に変わっていた。

しかし、芭蕉が訪れる80年ほど前の慶長6年(1601年)頃、周囲が300mほどの沼が存在していたことが「前田慶治郎道中日記」に書かれ、さらに250年ほどさかのぼる1350年頃、安積沼は、東西の長さが片平町の安積山麓から日和田まで7kmほどもある巨大な沼だったともいわれる。
日和田町の蛇骨地蔵堂には、そこに棲む大蛇への人身御供伝説が残されている。

すか川を出、ささ川、郡やま、高倉のこなたの野の中に、まはり十丈(約300m)あまりのぬまあり。その中に小峰あり。里の長(おさ)に聞侍れば、これなん浅香のぬまなりとかたる。(「前田慶治郎道中日記」米沢図書館蔵)


上の写真に見るように、安積沼跡は全体的に低くなっており、昔、当地が沼であったと言われれば、確かにうなずくことのできる地形ではある。

「安積沼」は、「安積山」や「山の井」と同じように、いにしえより歌枕として詠い継がれ、「古今和歌集」や「金葉和歌集」などに「安積沼」を詠み込んだ歌が見られる。

「古今和歌集」 詠み人しらず
みちのくのあさかのぬまの花かつみかつ見る人に恋やわたらん

「金葉和歌集」 藤原孝善
郁芳門院根合にあやめをよめる
あやめぐさひくてもたゆくながきねのいかであさかの沼におひけん

「新古今和歌集」 藤原雅経朝臣
景勝四天王院の障子に、あさかのぬまかきたる所
野辺はいまだあさかのぬまにかる草のかつみるままにしげる比かな


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第6集 芭 蕉 と 郡 山
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