安積山(あさかやま)と山ノ井清水について
 
安積山(公園)
郡山市日和田町にある安積山。JR東北本線の日和田駅
を降りて徒歩15分ほどのところにある。
 
安積山の頂上
芭蕉が訪れた日和田の安積山。頂上から片平町の安積山(額取山)や安達太良山などを望むことができる。

歌枕−安積山

「安積山」は、白河の関や阿武隈川、信夫、安達原などとともに福島県にある著名な歌枕で、万葉集以来、多くの詠み人に愛され、詠い込まれてきた。

万葉集には「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心を吾思はなくに」の歌が由縁書き(下)を添えて巻十六に記されている。

右の歌、伝えて云はく、葛城王陸奥国に遣はされける時に、国司の祗承(しじょう)、緩怠なること異に甚だし。ここに、王の意悦びずして、怒りの色面に顕れぬ。飯饌(いんぜん)を設けたれど、肯へて宴楽せず。ここに前の采女(うねめ)あり、風流(みや)びの娘子なり。左手に觴(さかづき)を捧げ、右手に水を持ち、王の膝を撃ちて、この歌を詠む。すなはち王の意解け悦びて、楽飲すること終日なり、といふ。
(「万葉集」巻十六)

葛城王が陸奥国に下ったとき、国司のもてなしに不満をいだいて怒ったが、一人の娘が王の

膝を軽くたたいてこの歌を詠んだところ、王は大いに喜んで終日宴を楽しんだといい、この歌は、紀貫之が記した古今和歌集の序文でも取り上げられ、「うたのちちははのやうにてぞ、手習ふ人のはじめにもしける」と書かれている。(山ノ井伝説)

 
 
2つある安積山

「おくのほそ道」に登場する安積山、すなわち芭蕉と曽良が訪ねた安積山は、JR東北本線の日和田駅を降りて、徒歩10分ほどのところにある小丘で、日和田駅から北へ600mほどの位置にある。この小丘は大正4年に安積山公園として整備され、市民の憩いの場として親しまれている。

当地は「おくのほそ道」以来「花かつみ」の地として広く知られているが、郡山市では、姫シャガを「花かつみ」とみなして昭和49年6月市花に指定した。平成元年10月には「おくのほそ道」300年を記念して、「はなかつみの里 ひわだ推進会」の手により公園入り口に「花かつみ」が植栽されている。

安積山公園の北側から少し登ったところに、大正4年に建てられた采女の古歌碑(「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心を吾思はなくに」の碑)があり、道沿いには昭和39年に建てられた「おくのほそ道」の碑がある。

頂上はなだらかに広がっており、そこからは阿武隈高原の山々、那須連山、安達太良山などを一望することができる。

片平町の安積山
   写真中央の右肩のなだらかな山が片平町の安積山
また、公園の頂上からは、右肩をなだらかにした片平町の安積山(額取山)を望むこともできる。
土地の人が安積山という場合はこちらを指すという。
 

2つある山ノ井清水

芭蕉は、当地に赴くまでに得た情報(安積山の影が山ノ井にうつるように詠んだ采女の歌もその1つだったろう)から、かの山ノ井清水が安積山の近くにあると踏んだのだが、いざ日和田に着いてみると「山ノ井ハコレヨリ(道ヨリ左)西ノ方(大山ノ根)三リ程間有テ、帷子(片平)ト云村(高倉ト云宿ヨリ安達郡之内)ニ山ノ井清水ト云有(曽良随行日記)」ことを知る。曽良はこのことを日記に「古ノにや、不しん也」と書いている。

すなわち、日和田にあると思った山ノ井清水がここから3里も離れた帷子(片平)村にあることを里人に聞いて、古くから伝えられている話は一体どうなっているのかと不審に思ったというのである。
 

日和田町の山ノ井清水(1)  日和田町の山ノ井清水(2)
日和田町・安積山にある山ノ井清水の説明版     日和田町・安積山にある山ノ井清水
 

現在、日和田町の安積山に上の写真に見るような山ノ井清水が設定されているが、当時、この清水は無く、下の片平町にある清水こそ古来歌に詠まれた山ノ井清水であることを曽良の日記は示しているのだろう。
 

片平町の山ノ井清水(1)  片平町の山ノ井清水(2)
片平町・安積山麓にある山ノ井清水の説明版    片平町・安積山麓にある山ノ井清水

 

このようなことから、「安積山」についても片平町の山が采女の歌に詠まれた安積山だという説も存在してしまうが、天正16年(1588年)5・6月の「伊達治家記録」には、日和田町の山が采女の歌に詠まれた安積山であることが記されている。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次


第6集 芭 蕉 と 郡 山
スタートページ

Copyright(C) 1999-2000  LAP Edc. SOFT.  All Rights Reserved.
 
Maintained online by
webmaster@bashouan.com