山ノ井伝説(うねめ物語)
采女神社にある山ノ井清水 今から千二百年ほど前のこと、安積の里は朝廷への貢ぎができないほどの冷害が続き、このため都から、葛城王(かづらきのおおきみ。後の左大臣橘諸兄<たちばなのもろえ>)が巡察の為に安積の里に訪れた。

里人たちは王に窮状を訴えるとともに、年貢を免除してくれるように頼んだが聞き入れてもらえず、困り果てていた。

安積の里の山の井には、笛の
名手・小糠治郎と、相思相愛の許婚(いいなずけ)・春姫が住んでいて、二人は、ひとときも離れていたくないほどに愛し合っていた。治郎は野良仕事へ行く時はいつも春姫の絵姿を持って出かけるほどだったという。

里人が窮状を訴えた日に宴が催されたが、王の機嫌がよくなく十分にもてなすことができなかった。その時、出席していた里長の娘・春姫が王の目にとまり接待を命じられることとなった。春姫は言われるままにふるまい、盃を捧げながら王の膝を軽くぽんとたたき次の歌を王に献上した。

安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心を吾思はなくに (万葉集 巻十六)
安積山の影を映す山の井の清水はあまり深くはありませんが、いつも私たちの心のように澄んでいます。わたしたちはこれでも精一杯、真心を込めておもてなしをしているのです。

すると、王はたいそうよろこび、歌の美しさや意味の深さ、すばやく詠んだ春姫の才能を褒め称え、春姫を宮廷の采女(うねめ−女官)として参内(さんだい)することを条件に、貢物を3年の間免除してくれることとなった。

しばらくして春姫が都に上がり、愛しい許婚を失った治郎は嘆き悲しみ、夜毎、春姫への変わらぬ心を笛に託していつまでも吹きつづけた。里人の窮状を救う為と、悲しみをこらえる毎日であったが、ついにこらえきれなくなり、治郎は永久の愛を誓いながら山の井の清水に身を投げた。

そのころ春姫は帝の寵愛を受け、大変華やかに暮らしていたが、片時も治郎のことを忘れることができなかった。そうしているうちに中秋の名月の宴が開かれ、春姫はこの時とばかり賑わいに紛れ猿沢の湖畔に駆け込んだ。そして湖畔の柳に十二単を掛けて入水を装い、治郎の住む安積の里へとひた走った。

帝は春姫が亡くなったと思い込んで深く嘆き、春姫を供養する祠(ほこら)をつくり次の歌を詠んで捧げた。

吾妹子(わがもこ)が寝くたれ髪を猿沢の池の玉藻にみるぞ悲しき(万葉集)
恋しかりし人よ、あなたが朝起きたときに乱した髪も今となっては恋心となって蘇ってくる。わたしは、猿沢の池に浮かぶ藻が、あなたのその髪のように見えて嘆き悲しんでいるのだよ。

一方春姫は走りつづけ、やっとのことで故郷に着いたが、待っていたのは治郎のせつない死であった。体の心まで疲れ果てていた春姫は、悲しみに追い討ちされ病の床に伏した。そして、雪の降る寒い夜のこと、治郎のもとへ行くことを願った春姫は、治郎と同じ山の井の清水に身を沈めた。

やがて雪がとけ、安積の里にいよいよ春が来たと思われたころ、山の井の清水のまわり一面に、名も知れぬ薄紫の美しい、可憐な花が咲き乱れた。この花について、だれ言うともなく「二人の永久の愛が土の下で結ばれて咲いたのだ」という話が広がり、それ以来、里の人たちはこの花を「安積の花かつみ」と呼んだそうな。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第6集 芭 蕉 と 郡 山
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