須賀川市に残る一里塚

現地の説明板から
国指定史跡 須賀川一里塚
一里塚は、今から約四百年前の江戸時代に当時の将軍徳川家康の命により全国の主要街道を改修した際、江戸日本橋を起点として一里ごとに築かれたものです。
須賀川市の一里塚は、旧陸羽街道(奥州街道) に残る数少ないもので江戸日本橋から五十九番目のものとされており、二基(東側径十五メートル×十二メートル、西側径十五メートル×十メートル)相対し塚型が良く保存されています。
また、当時塚の上には榎が植えられていたと伝えられ周囲の風景の中にあって、街道を行き来する人々の距離の目安や休憩の場として、利用されていたと考えられます。
塚のある旧国道の両側には、かつて見事な松並木がありましたが、現在は数本を残すだけとなっています。
昭和六十三年五月一日 須賀川市教育委員会

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国道4号線(左)と旧街道 旧街道 一対の一里塚
国道4号線(左)と旧街道 旧街道 一対の一里塚
西側の一里塚 西側(手前)と東側の一里塚 西側(手前)と東側の一里塚
西側の一里塚 西側(手前)と東側の一里塚 西側(手前)と東側の一里塚


「奥州道中 増補行程記」(盛岡市中央公民館所蔵)に、この須賀川一里塚が描かれている。

「奥州道中 増補行程記」展示室/須賀川(1)  


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第5集 芭 蕉 と 須 賀 川
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