須賀川資料写真と解説(3)

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可伸庵跡 可伸庵跡。

「おくのほそ道」で、「此宿の傍に、大きなる栗の木陰をたのみて、世をいとふ僧有」と書かれた可伸の庵跡。須賀川市役所から歩いて数分ほどのNTT須賀川の敷地内にある。
 
軒の栗可伸庵跡碑
「おくのほそ道」碑。

「おくのほそ道」からの抜粋が刻まれている。
此宿の傍に、大きなる栗の木陰をたのみて、世をいとふ僧有。橡ひろふ太山もかくやとしづかに覚られてものに書付侍る。其詞、
栗といふ文字は西の木と書て西方浄土に便ありと、行基菩薩の一生杖にも柱にも此木を用給ふとかや。
世の人の見付ぬ花や軒の栗


以下は、等躬の「伊達衣」に見られる句文。
桑門可伸は栗の木のもとに庵をむすべり。伝え聞、行基菩薩の古は、西に縁有木なりと、杖にも柱にも用ひ給ひけるとかや、幽栖心ある分野にて、弥陀の誓ひもいとたのもし、
かくれ家や目だゝぬ花を軒の栗 芭蕉


以下は、曽良の「俳諧書留」に見られる句文。
桑門可伸のぬしは栗の木の下に庵をむすべり。伝聞、行基菩薩の古、西に縁ある木成と、杖にも柱にも用させ給ふとかや。隱栖も心有さまに覚て、弥陀の誓もいとたのもし。
隠家やめにたゝぬ花を軒の栗 翁
「おくのほそ道」碑
世の人の見付ぬ花や軒の栗 (芭蕉) 「軒の栗」碑。

世の人の見付ぬ花や軒の栗

  

晋流「蕉門録」に、「真蹟須賀川歌仙 一軸風羅翁真蹟」と題し次の句文が書かれている。
栗という文字は、西の木と書て、西方浄土に便有と、行基菩薩一生杖にも柱にも此木を用ひ給ふとかや。
隱れ家や目だゝぬ花を軒の栗
芭蕉

  
歴史  ○1999年撮影の写真
四代目の栗の木。

栗の木が一躍名所になってしまったことへの可伸の戸惑いが、次の句文に浮き彫りにされている。

予が軒の栗は、更に行基のよすがにもあらず、唯実をとりて喰のみなりしを、いにし夏、芭蕉翁のみちのく行脚の折から一句を残せしより、人々愛る事と成侍りぬ。
梅が香に今朝はかすらん軒の栗
須賀川栗斎 可伸
(「伊達衣」巻下)
四代目の栗の木
句碑と「おくのほそ道」碑 句碑と「おくのほそ道」碑。

左が「世の人の見付ぬ花や軒の栗」の句碑で、右が「おくのほそ道」碑。

左の「軒の栗」碑は、須賀川の俳人石井雨考が、芭蕉の百回忌にあたる文政8年(1825年)に、竹馬、英之、阿堂とともに八幡社に建立したもの。平成元年(1989年)、可伸庵跡の一角に移された。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第5集 芭 蕉 と 須 賀 川
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