小峰城について
 
小峰城三重櫓
奥州関門の名城にふさわしい雄姿を見せる三重櫓。戊辰戦争で焼失した櫓は白河城櫓建絵図(市重要文化財)などに基づき忠実に復元された。   (石垣を見る)
 
白河集古苑
白河集古苑。苑内には芭蕉の「むら尾花句碑」がある。「ほととぎすまねくか麦のむら尾花」は貞享4年(1687年)に詠まれた句で、「むら尾花句碑」は、安部家に代々伝えられている。 (句碑を見る)
小峰城は、結城親朝が興国元年(1340年)、小峰ヶ岡に城を構えて小峰城としたのがはじまりといわれる。

寛永4年(1627年)丹波長重が十万石の城主として棚倉より移封(いほう。国替え)され、幕府の命によって同6年に城郭の大改革に着手し、4年の歳月を経て同9年に完成した。

その後、丹羽、榊原、本多、奥平松平、結城松平、久松松平、阿部と七家二十一代の城主の交代があったが、慶応3年(1867年)最後の阿部氏が棚倉へ移封した後、白河は幕領となって城郭は二本松藩丹波氏が預かるところとなり、同4年5月、戊辰の役の攻防で落城した。

現在見ることのできる三重櫓は、戊辰の役以来、120余年ぶりに復元されたもの。

戊辰の役で激戦地となった松並稲荷山の杉の大木(樹齢約400年)が復元用材として使われたが、加工時にいくつかの鉄砲の鉛玉や弾傷が見つかったという。
小峰城跡の城山公園内には、中世に白河地方を領していた結城家、江戸時代の大名として白河藩を治めた阿部家の歴史的資産を保存・展示する「白河集古苑」が併設されている。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第4集 芭 蕉 と 白 河
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