白河資料写真と解説(10)

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白河関跡

白河関跡。

白河の関は、蝦夷南下の防御や通行人・交易物品の検問などを主な目的として、現在の福島県白河市に置かれた関で、太平洋側の勿来関(菊田関。福島−茨城)や日本海側の念珠関(山形−新潟)とともに奥羽三関といわれた。

県道から関跡を見る
「おくのほそ道」の道標
白河関跡(白河神社参道)。

昭和34年から昭和38年にかけて行われた発掘により、柵列、柱列、門(推定)の跡など、古代の関の構造を示すものが認められた。各種の遺構、発掘物などにより、「この関の森を中心とする地域が白河の関の遺跡として重要な資料を提供する」と判断され、昭和41年に国の史跡に認定された。

白河神社の社殿
白河関跡

古関蹟の碑

古関蹟の碑。

白河に置かれた古代の関がどこかについては、古来、多様に言い伝えられているが、寛政12年(1800年)、白河藩主松平定信が地図や歴史書、詠歌、老農の話をもとにして此こそ古代白河の関の地と定め、旗宿の地に古関蹟碑を建立した。碑の右手に鎌倉初期、従二位藤原家隆が手植えしたと伝えられる樹齢およそ約800年の老杉「従二位の杉」がある。
「おくのほそ道」碑。

古関蹟の碑から右に歩き、山道を少し登ったころに「おくのほそ道」の白河の関の章段を刻む石碑がある。
心許なき日かず重るまゝに、白川の関にかゝりて、旅心定りぬ。いかで都へと便求しも断也。中にも此関は三関の一にして、風騒の人、心をとゞむ。
「おくのほそ道」碑

古歌碑

古歌碑。

便りあらばいかで都につけやらむ今日白川の関はこえぬと
  平兼盛

都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関
  能因法師

秋風に草木の露をはらわせて君がこゆれば関守もなし
  梶原影季

古歌碑拡大
後鳥羽院歌碑。

雪にしく袖に夢路もたえぬべしまだ白川の関の嵐に

白河神社の社殿の南東側に、後鳥羽院の歌碑(最勝寺四天王院障子歌)がある。
後鳥羽院歌碑


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第4集 芭 蕉 と 白 河
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