白河資料写真と解説(7)

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境の明神(福島)

福島県側の「境の明神」。

奈良、平安初期のころ、国境の明神に男女二神を祭るのが通例で、栃木と福島の県境の明神二社もこの様式で祭られた。
この二社は、内は女神(玉津島明神)が守り、外に対しては男神(住吉明神)が守るという考えからか、写真の「境神社」は、福島側では「玉津島神社」であるが、栃木側では「住吉神社」である。説明

福島県側の「境の明神」。

芭蕉と曽良は、元禄2年(1689年)4月20日(新暦6月7日)、現在の国道294号線の県境から福島県側に入った。
「関明神、関東ノ方ニ一社、奥州ノ方ニ一社、間廿間計有。両方ノ門前ニ茶や有。小坂也。これヨリ白坂ヘ十町程有。古関ヲ尋テ白坂ノ町ノ入口ヨリ右ヘ切レテ籏宿ヘ行。廿日之晩泊ル。暮前ヨリ小雨降ル。」(曽良随行日記)

境の明神(福島)

境の明神(福島)



福島県側の「境の明神」。

松平定信が紅葉の名所・奈良の竜田山から取り寄せた楓の巨木は、秋になると、古歌に詠われた関の紅葉の実景を醸し出す。
  
都にはまだ青葉にて見しかども 紅葉散りしく白河の関
源頼政 (千載和歌集)
福島県側の「境の明神」。

福島県と栃木県の県境から国道294号線の福島県側を見る。

間もなく県境
栃木県側の景観  標柱
県境の標柱
福島県側の標柱    
境の明神(福島)

境の明神(栃木)

栃木県側の「境の明神」。

鳥居の脇には「玉津島神社」を刻む石柱が建つが、福島側から見た場合は(外を守る男神)「住吉神社」となる。
福島県側の「境の明神」と同様、かつて境内に別当寺があったが、明治2年(1869年)の神仏分離政策で廃寺となった。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第4集 芭 蕉 と 白 河
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