松尾芭蕉・おくのほそ道文学館
殺生石遊行柳の章段

【出典】 俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡  第19集「芭蕉と那須野が原」   [文学館目録]
前頁 是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。此口付のおのこ、短冊得させよと乞。 次頁
「おくのほそ道」芭蕉句集  野を横に馬牽むけよほとゝぎす (のをよこに うまひきむけよ ほととぎす)
7 常念寺 常念寺・句碑 [句碑建立地]
大田原市
黒羽向町
常念寺
[句解釈]   どこやらでほととぎすが鳴いているよ。さあ、聞こえる方に馬を差し向けて、いっしょに聞こうではないか。
曽良の随行日記に、浄法寺桃雪が黒羽を去る芭蕉に馬を手向けたことが、次のように書かれている。
図書・弾蔵ヨリ馬人ニテ被送ル。馬ハ野間ト云所ヨリ戻ス。
本句は、そのときの馬方が、短冊に一句認(したた)めてくれるように頼んで詠まれたもの。

浄土宗光明山常念寺の境内に建つ上の句碑の刻印は、芭蕉真蹟のものと見られている。
「おくのほそ道」芭蕉句集  田一枚植て立去る柳かな (たいちまい うえてたちさる やなぎかな)
8 遊行柳 遊行柳・句碑 [句碑建立地]
那須町
遊行柳
[句解釈]   遥かと思っていた柳が目の前にあり、その木陰でしばらく安らかにしていると、いつのまにか、田植えが一枚分終わって早乙女たちの声が消え、ぽつんととり残されてしまった。それでは、私もここを立ち去って旅を続けるとしよう。
芭蕉は、西行ゆかりの遊行柳に心を寄せ、元禄2年(1689年)4月19日(新暦6月6日)、殺生石を見物したあと遊行柳に立ち寄った。「おくのほそ道」には、あこがれの遊行柳の地に至った感慨が、芦野民部資俊の誘い話に続けて、「今日此柳のかげにこそ立より侍つれ」と記されている。

句碑は寛政11年(1799年)4月に建てられたもので、碑面下部に「江戸 春蟻建立」とある。
  
おくのほそ道 現代語訳
殺 生 石
是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。此口付のおのこ、短冊得させよと乞。やさしき事を望侍るものかなと、
 野を横に馬牽むけよほとゝぎす
殺生石は温泉の出る山陰にあり。石の毒気いまだほろびず。蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。
これより殺生石に行く。館代が馬で送ってくれた。この馬を引く男が「短冊に一句書いてくれませんか」とせがんだ。風流なことを望むものだと感心し、応えてあげた。

どこやらでほととぎすが鳴いているよ。さあ、聞こえる方に馬を差し向けて、いっしょに聞こうではないか。


殺生石は温泉の出る山陰にある。石の毒気はいまだになくなっていない。蜂や蝶のたぐいが、地面の砂の色が見えないほど重なって死んでいた。
遊 行 柳
又、清水ながるゝの柳は蘆野の里にありて田の畔に残る。此所の郡守戸部某の此柳みせばやなど、折ゝにの給ひ聞え給ふを、いづくのほどにやと思ひしを、今日此柳のかげにこそ立より侍つれ。
 田一枚植て立去る柳かな
また、西行が「道のべに清水流るゝ柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ」と詠んだ柳は、芦野の里にあり、田の畔に残っている。この地の領主の戸部なにがしが「かの柳をお見せしたい」などと、折々におっしゃっていたので、どの辺にあるのかと思っていたが、今日、とうとうこの柳の陰に立ち寄ったのだった。

遥かと思っていた柳が目の前にあり、その木陰でしばらく安らかにしていると、いつのまにか、田植えが一枚分終わって早乙女たちの声が消え、ぽつんととり残されてしまった。それでは、私もここを立ち去って旅を続けるとしよう。
  
曽良随行日記 (殺生石遊行柳)
元禄2年(1689年)月16日(新暦6月3日)〜4月20日(新暦6月7日)
原 文 現代語
一 十六日
天気能。翁、館ヨリ余瀬ヘ被立越。則、同道ニテ余瀬ヲ立。及昼、図書・弾蔵ヨリ馬人ニテ被送ル。馬ハ野間ト云所ヨリ戻ス。此間弐里余。高久ニ至ル。雨降リ出ニ依、滞ル。此間弐里半余。宿角
(覚)左衛門、図書ヨリ状被添。
 

一 十七日
(覚)左衛門方ニ猶宿。雨降。野間ハ太田原ヨリ三里之内鍋かけヨリ五、六丁西。
 

一 十八日
卯尅、地震ス。辰ノ上尅、雨止。午ノ尅、高久角
(覚)左衛門宿ヲ立。暫有テ快晴ス。馬壱疋、松子村迄送ル。此間壱リ。松子ヨリ湯本ヘ三リ。未ノ下尅、湯本五左衛門方ヘ着。
 

一 一九日
快晴。予、鉢ニ出ル。朝飯後、図書家来角左衛門ヲ黒羽ヘ戻ス。午ノ上尅、温泉ヘ参詣。神主越中出合、宝物ヲ拝。与一扇ノ的躬(射)残ノカブラ壱本・征矢十本・蟇目ノカブラ壱本・檜扇子壱本、金ノ絵也。正一位ノ宣旨・縁起等拝ム。夫ヨリ殺生石ヲ見ル。宿五左衛門案内。以上湯数六ヶ所。上ハ出ル事不定、次ハ冷、ソノ次ハ温冷兼、御橋ノ下也。ソノ次ハ不出。ソノ次温湯アツシ。ソノ次、湯也ノ由、所ノ云也。温泉大明神ノ相殿ニ八幡宮ヲ移シ奉テ、両神一方ニ拝レサセ玉フヲ、      
   湯をむすぶ誓も同じ石清水  翁
     殺生石
   石の香や夏草赤く露あつし
正一位ノ神位被加ノ事、貞享四年黒羽ノ館主信濃守増栄被寄進之由。祭礼九月廿九日。

 

 
 
 
 
一 廿日
朝霧降ル。辰中尅晴。
下尅、湯本ヲ立。ウルシ塚迄三リ余。半途ニ小や村有。ウルシ塚ヨリ芦野ヘ二リ余。湯本ヨリ総テ山道ニテ能不知シテ難通。
一 芦野ヨリ白坂ヘ三リ八丁。芦野町ハヅレ、木戸ノ外、茶ヤ松本市兵衛前ヨリ左ノ方ヘ切レ、八幡ノ大門通リ之内(十町程過テ左ノ方ニ鏡山有)。左ノ方ニ遊行柳有。其西ノ四、五丁之内二愛岩(宕)有。其社ノ東ノ方、畑岸ニ玄仍(兼載の誤り)ノ松トテ有。玄仍ノ庵跡ナルノ由。其辺ニ三ツ葉芦沼有。見渡ス内也。八幡ハ所之ウブスナ也。市兵衛案内也。スグニ奥州ノ方、町ハヅレ橋ノキハヘ出ル。
一 芦野ヨリ一里半余過テヨリ居村有。是ヨリハタ村ヘ行バ、町ハヅレヨリ右ヘ切ル也。
一 十六日
天気良し。翁、浄法寺図書の館から余瀬の翠桃宅ヘ戻る。則して私同道で余瀬を立つ。昼に及び、図書・弾蔵より馬子(馬方)にて送られる。馬は野間という所より戻す。この間二里余り。高久に到る。雨が降リ出し、滞る。野間より二里半余り。覚左衛門宅に宿す。図書からの紹介状有り。
 

一 十七日
覚左衛門方に引き続き宿す。雨降る。野間は大田原より三里の内、鍋掛(黒磯市内)より五、六丁西。
 

一 十八日
午前6時頃地震有り。午前7時半頃、雨止む。正午頃、高久覚左衛門宅を立つ。しばらくして快晴。馬一頭で松子村(那須町内)迄送る。この間一里。松子より湯本へ三里。午後2時半頃、湯本の温泉宿・和泉屋五左衛門方ヘ着く。
 

一 一九日
快晴。私、托鉢(たくはつ)に出る。朝飯後、図書家来・角左衛門を黒羽ヘ戻す。午前11時半頃、温泉神社ヘ参詣。神主の越中(宝井氏)を訪ね、宝物を拝観。那須与一が源平屋島の合戦で「扇の的」を射残した鏑矢(かぶらや)一本・征矢(そや)十本・蟇目(ひきめ)の鏑矢一本・檜扇子一本、金の絵。正一位の神位の宣旨や縁起などを拝観。後に殺生石を見る。宿の主人、五左衛門が案内。温泉は六ヶ所。上の方は湧き出しが不定で、その下に冷泉、その次は温・冷泉、神社御橋の下。その次は出ず。次は泉温高いもの。その次にも温泉があるとか。(「野州那須温泉縁起」に、湯の名が、行人湯・鹿の湯・御所湯・滝の湯・中の湯・川原湯とある。)
温泉大明神の相殿に八幡宮を移し奉りて、両神一方に拝まれさせ給ふを、
 湯をむすぶ誓も同じ石清水  翁
     殺生石
 石の香や夏草赤く露あつし

温泉神社が正一位の神位についた事で、貞享四年黒羽の館主信濃守増栄(ますなが)が(社殿を)寄進したという。祭礼は九月廿九日。

 

一 廿日

朝霧降る。8時頃晴れる。8時半頃、湯本を立つ。漆塚(那須町内)迄三里余り。半途(行路半ば)に小屋村(那須町池田)有り。漆塚より芦野へ二里余り。湯本よりすべて山道で、不案内のため通行難。
一 芦野より白坂(白河市内)ヘ三里八丁。芦野町はずれ、木戸ノ外、茶屋・松本市兵衛前より左の方へ曲がり、八幡宮(温泉神社の相殿八幡宮)の大門通りの内(十町程過ぎて左の方に鏡山有り)。左の方に遊行柳有り。その西の四、五丁之内に愛宕有り。その社の東の方、畑岸に兼載の松というのが有る。兼載の庵跡という。その辺の見渡す内に三ツ葉芦沼有り。八幡宮は土地のウブスナ(産土神。土地の守り神)である。茶屋・市兵衛が案内。すぐに奥州の方、町はずれにある橋の際へ出る。
一 芦野より一里半余り過ぎて寄居村(那須町内)有り。これより旗村(旗宿)へ行くには、町はずれより右ヘ切れる。
○「芭蕉と那須野が原」の「遊行柳について」参照。

○「芭蕉と那須野が原」の「殺生石の謂れと伝説について」参照。
◇一里:約4km ◇一丁(町):約109m ◇一間:約1.8m


本文・曽良随行日記の現代語訳および句の解釈

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曽良随行日記は「俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡」のシリーズ「芭蕉について」からそのまま

転記しています。
ただし、章段によっては、滞在日に合わせて元のテキストを分割して掲載しているのもあります。

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