松尾芭蕉・おくのほそ道文学館
松島湾雄島が磯瑞巌寺の章段

【出典】 俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡  第2集「芭蕉と松島」  [文学館目録]
前頁 抑ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず。 次頁
「おくのほそ道」曽良句集  松島や鶴に身をかれほとゝぎす (まつしまや つるにみをかれ ほととぎす)
4 雄島 芭蕉と曽良の句碑 [句碑建立地]
松島町
雄島
[句解釈]     これほどまでに壮大で感嘆させる松島なのだから、松島には鶴が一番似つかわしい。そこで鳴いているほととぎすよ、いっそのこと鶴の姿になって飛んでみてはどうだ。
雄島にある芭蕉と曽良の句碑。
(右) 松島や鶴に身をかれほとゝぎす  曽良
右の句碑は、文化5年(1808年)に曽良の百回忌を記念し、諏訪の俳人素檗(そばく)が遠藤日人(あつじん)に依頼して建てたもので、書は日人の手による。碑面に上の句と「信州諏訪産曽良同郷素檗建之 石工伊之助」の文字を刻む。
(左) 朝よさを誰(たが)まつしまぞ片心    芭蕉
「桃舐(ももねぶり)集」に見られる「朝よさを」の句は、「おくのほそ道」の旅へ出る直前の元禄2年(1689年)の春に詠まれたもので、これと同じ時期の句に、「去来文(ぶみ)」に載る「おもしろや今年の春も旅の空」や3月23日付落梧宛書簡に見られる「草の戸も住みかはる世や雛の家」がある。「草の戸も」の句は、後に「草の戸も住替る代ぞひなの家」に改められ「おくのほそ道」に採録された。
句碑の側面右に「勢州桑名雲裡房門人」、側面左に「延享四丁卯十月十二日建之」、裏に「仙台冬至菴連 山本白英 (以下略)」とある。
  
おくのほそ道 現代語訳
松  島  湾
抑ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず。東南より海を入て、江の中三里、浙江の潮をたゝふ。島々の数を尽して、欹ものは天を指、ふすものは波に匍匐。あるは二重にかさなり、三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。負るあり抱るあり、児孫愛すがごとし。松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし。其気色、よう然として美人の顔を粧ふ。ちはや振神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。造化の天工、いづれの人か筆をふるひ、詞を尽さむ。 さて、すでに言い古されていることだが、松島は日本一風景のよいところであり、中国の名勝地の洞庭湖や西湖と比べても恥ずかしくないほどだ。東南の方角から湾内に水を入れたようになっており、湾の中は三里もあって中国の浙江のように海水を満々と湛えている。島の数は限りなく多く、それらの中で、そびえ立っているものは天を指しているようであり、低く横たわるものは波の上に腹ばいになっているかのようである。あるいは二重に重なっているもの、三重に畳まれたようなものもある。はたまた、左のほうに分断されているかと思えば、右の島と続いていたりする。小さな島をおんぶしているようなものもあれば、抱いているようなものもあり、まるで子供や孫を愛しんでいるかのようである。松の緑は冴え冴えとし、枝葉は潮風に吹かれてたわめられている。その姿は、自然とそうなったのだが、いかにも人が程よい形に折れ曲げたようにも見える。それらの風情には、憂愁の色を深くたたえた趣きがあり、美人の化粧顔にもたとえられようか。神代の昔、山の神である大山祇神がなされた仕業なのだろうか。天地万物をつくられた神の働きは、いかに技を振るっても、うまく描きも、言い表しもできるものではない。
雄 島 が 磯
雄島が磯は地つゞきて海に出たる島也。雲居禅師の別室の跡、坐禅石など有。将、松の木陰に世をいとふ人も稀々見え侍りて、落穂・松笠など打けふりたる草の庵、閑に住なし、いかなる人とはしられずながら、先なつかしく立寄ほどに、月海にうつりて、昼のながめ又あらたむ。江上に帰りて宿を求れば、窓をひらき二階を作て、風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで、妙なる心地はせらるれ。
 松島や鶴に身をかれほとゝぎす 曽良
予は口をとぢて眠らんとしていねられず。旧庵をわかるゝ時、素堂松島の詩あり。原安適松がうらしまの和歌を贈らる。袋を解きて、こよひの友とす。且、杉風・濁子が発句あり。
雄島の磯は地つづきのようになっていて海にせり出した島である。雲居禅師の別室の跡や、坐禅した石などがある。また、松の木陰には、俗世間から身を避ける人の姿が見え隠れしており、落ち葉や松笠などを燃やして煙がたなびく草造りの家からは、ひっそりと住まっているようすがうかがえる。
どのような人かは知る由もないが、同じような身の上からつい親しみを覚えて立ち寄ってみると、上ってきていた月が海に映り、昼とはまたちがった趣きの眺めとなっていた。松島の海岸まで戻って宿を探すと、そこは海に向かって窓を開いた二階造りであった。自然を十分感じながら旅の夜を過ごしていると、なんとも言い難い、いい心地がしてくるものである。


これほどまでに壮大で感嘆させる松島なのだから、松島には鶴が一番似つかわしい。そこで鳴いているほととぎすよ、いっそのこと鶴の姿になって飛んでみてはどうだ。


曽良はこのように詠んだのだが、私はとうとう句をつくることができず、あきらめて眠ろうとしたが気分の高まりでどうしても寝付くことができなかった。そこで、もと住んでいた庵を出る時に素堂が作ってくれた詩のことや、原安適が贈ってくれた松が浦島の和歌のことを思い出し、袋のひもを解き、それらを取り出して今夜のなぐさめとした。袋の中には、杉風や濁子が作ってくれた発句もあった。
瑞  巌  寺
十一日、瑞岩寺に詣。当寺三十二世の昔、真壁の平四郎出家して入唐、帰朝の後開山す。其後に雲居禅師の徳化に依て、七堂甍改りて、金壁荘厳光を輝、仏土成就の大伽藍とはなれりける。彼見仏聖の寺はいづくにやとしたはる。 十一日、瑞岩寺に参詣した。この寺の三十二代目にあたる昔、真壁平四郎という人が出家して唐に渡り、帰国後、再興して禅寺を開いた。その後、雲居禅師の、徳によって人を善に導く努力により、七つの堂の建物が立派に改築され、金色の壁や仏前の飾りが光り輝き、仏の住む世界をこの世に実現する大寺院となったのである。かの見仏上人の寺はどこにあるのだろうと、慕わしい心持ちになった。
  
曽良随行日記 (松島)
元禄2年(1689年)5月9日(新暦6月25日)〜5月10日(新暦6月26日)
原 文 現代語
一 九日
快晴。辰ノ尅、塩竈明神ヲ拝。帰テ出船。千賀ノ浦・籬島・都島等所々見テ、午ノ尅松島ニ着船。茶ナド呑テ瑞岩寺詣、不残見物。開山、法身和尚(真壁平四良)。中興、雲居。法身ノ最明寺殿被宿岩屈(窟)有。無相禅屈(窟)ト額有。ソレヨリ雄島(所ニハ御島ト書)所ゝヲ見ル(とミ山モ見ユル)。御島、雲居ノ坐禅堂有。ソノ南ニ寧一山(一山一寧)ノ碑之文有。北ニ庵有。道心者住ス。帰テ後、八幡社・五太堂ヲ見、慈覺ノ作。松島ニ宿ス。久之助ト云。加衛門状添。
 九日
快晴。午前8時頃、鹽竈明神を拝す。帰宿後、出船。千賀ノ浦、籬島、都島等、所々見て、正午頃松島に着船。茶など呑んで瑞巌寺に詣で、残らず見物す。開山、法身和尚(真壁平四良)。中興、雲居。法身和尚の頃、最明寺(北条時頼)殿が宿した岩窟有り。無相禅窟と額有り。それより雄島(あるいは御島と書く)の所ゝを見る(富山も見える)。御島に雲居の坐禅堂有り。その南に寧一山(一山一寧)の碑文有り。島の北に道心者住む庵(松吟庵)有り。帰ってから、八幡社、五太堂を見る、慈覺の作。松島に宿す。久之助という。加衛門の紹介状あり。
     
一 十日
快晴。松島立(馬次ニテナシ)。馬次、高城村(間廿丁計)、(是ヨリ桃生郡)小野(弐里半)。石巻(四里余)。仙台ヨリ十三里余。小野ト石ノ巻(牡鹿郡)ノ間、矢本新田ト云町ニテ咽乾、家毎ニ湯乞共不与。刀さしたる道行人、年五十七、八、此躰を憐テ、知人ノ方ヘ壱町程立帰、同道シテ湯を可与由ヲ頼。又、石ノ巻ニテ新田町、四兵ヘと尋、宿可借之由云テ去ル。名ヲ問、小野ノ近ク、ねこ(根古)村、コンノ(今野)源太左衛門殿。如教、四兵ヘヲ尋テ宿ス。着ノ後、小雨ス。頓テ止ム。日和山と云ヘ上ル。石ノ巻中不残見ゆル。奥ノ海(今ワタノハ「渡波」ト云)・遠島・尾駮ノ牧山眼前也。真野萱原も少見ゆル。帰ニ住吉ノ社参詣。袖ノ渡リ、鳥居ノ前也。
一 十日
快晴。松島を立つ(馬継にて無し)。馬継、高城村(その間廿丁ばかり)、(是より桃生郡)小野(二里半)。石巻(四里余)。仙台より十三里余。小野と石巻(牡鹿郡)の間の矢本新田で咽乾き、家毎に湯を乞うが与えず。刀をさした道行人、年五十七、八、此躰を憐れみ、知人の方へ壱町程立ち帰り、同道して湯を与えるよう頼む。又、石巻で新田町の「四兵へ」を尋ね宿を借りるよう云って去る。名を問えば、小野の近く根古村、今野源太左衛門殿。教えられるまま四兵ヘを尋ねて宿す。到着後、小雨。頓て(とみて。すぐに)止む。日和山と云う山に上る。石巻中見渡し得る。奥の海(今「渡波」と云う)・遠島(牡鹿半島)・尾駮(おぶち)の牧山眼前也。真野萱原も少し見える。帰りに住吉神社参詣。袖の渡り、鳥居の前也。
◇一里:約4km ◇一丁(町):約109m ◇一間:約1.8m


本文・曽良随行日記の現代語訳および句の解釈

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曽良随行日記は「俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡」のシリーズ「芭蕉について」からそのまま

転記しています。
ただし、章段によっては、滞在日に合わせて元のテキストを分割して掲載しているのもあります。

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底本について

「おくのほそ道」の本文は、素龍清書の「西村本」を底本としています。
 
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