松尾芭蕉・おくのほそ道文学館
翻刻本「曽良 奥の細道随行日記」
附元禄四年日記
編者 山本安三郎(山本六丁子)  発行所 小川書房  昭和18年7月13日発行

1.随行日記について

随行日記は、「おくのほそ道」の旅に同行した河合曽良が、旅程や旅の動静などを克明に記したもので、曽良没後、曽良本「おくのほそ道」とともに故郷上諏訪の河西周徳(曽良の甥)らに伝来した。明治年間になって、古美術の収集家として知られる斎藤幾太が大阪でこれを入手し、昭和18年、当原本をもとに山本安三郎が「曽良 奥の細道随行日記 附元禄四年日記」と題して翻刻した。原本は、後に杉浦正一郎の手に渡り、現在、天理図書館錦屋文庫に所蔵されている。

随行日記は、日記本体と、奥の細道俳諧書留、奥の細道名勝備忘録、曽良元禄四年近畿巡遊日記、延喜式神名帳で構成され、翻刻本には、これに、奥の細道随行日記異同比較考と奥の細道天候と旅宿一覧表が加えられえている


翻刻本「曽良 奥の細道随行日記」  <所有/撮影: LAP Edc. SOFT>

2.翻刻本の「はしがき」

嘗て某家に年久しく伝へられたる古名流俳家の墨蹟文書等を愛蔵せらるゝを仄聞していた私は、昭和十三年夏同家に於ける蔵品一部の曝凉に際し、友人佐藤十雨君の紹介にて拝覧する機会を得た。その日展列されたものには茶器あり、書晝あり、何れも珍什銘器または優秀なる逸品であった中に古俳人の筆になるもの数点も展観せられ、私共歎賞措く能はざるものゝみの中に、別けても私の瞳の底に強く灼きつけられた一品があった。それは河合曽良が松尾芭蕉に随従して、奥羽北越の行脚即ち奥の細道の行脚の「旅日記」であった。

如斯日記が今日まで完全に残されてあったことは私の思ひもつかぬ驚異であった。奥の細道行脚の日より約二百五十年間、芭蕉研究に於ける汗牛充棟も啻ならざる文書記録等にも、未だ嘗て顕はれたことの無い史料である。この日記には曽良が、
  元禄二年三月二十七日深川出発、同十月十日伊賀上野にて芭蕉とこの旅の最後の別れ
  を告げ、十一月十三日深川帰庵迄、二百二十二日間の日々の見聞を詳密に書留
ると共に、この旅中各地に於いて興行されし俳諧の大部分が記載されてある。

本書中には奥の細道の日記の外に
  曽良 元禄四年近畿巡遊日記
が収められてある。この日記は元禄四年曽良は当時京都遊歴中の芭蕉の跡を趁ふて上洛し、芭蕉の身辺に影の如く随従しつゝ単身近畿十二ヶ国を巡遊したる旅中見聞日記である。この日記は
  元禄四年三月四日江戸発足より同年七月二十五日迄、日数百三十九日間の記録
にして伊勢長嶋にて擱筆されてある。この日記も従来更に世に伝はらざりしものにして、芭蕉研究上最も興味深き事実に満ちた記録である。

この二百五十年来、世に出たことの無い日記を眼前に見せられた私は、この日記が永年災害等にもかゝらず散佚もせず同家に完全に保存されてあったことを深く深く感謝せずにはいられないと共に、芭蕉研究上の至宝とも云ふべきこの日記を研究資料として世に公にさるゝ事ともならば、芭蕉研究は申す迄もなく江戸文学研究の上にも一層の精華を発揮し得らるべきを信じ、切に公刊せられんことを願望せしに、同家にても私の強ひての希望を快く容れられ、公に刊行し以て斯道学界の為めに提供せらるゝ事となったのである。

本書編成に就ては、専ら原本と対照精査数次の後略誤差等遺漏無きを期し、茲に発刊の歩みを進めて居たのでありますが、何分難読難解の箇所尠なからず加るに編輯の途上偶、私の健康異和より執筆稍困難に陥り、為に或は完全を缺く憾無きにしもあらざるべきやを深く畏るゝのであります。
編輯其他に就て文学博士志田義秀先生の懇篤なる御指導と有益なる御注意を賜はり、且序文の御寄與を辱ふしたるに対し深厚なる感謝の意を表するものであります。

    昭和十七年十月        山本六丁子

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