山寺資料写真と解説(4)

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登山口 宝珠山立石寺・登山口

芭蕉は元禄2年(1689年)5月27日(新暦7月13日)、山寺を訪れ「預り坊」(曽良随行日記)に宿をとった。この「預り坊」については詳細不明だが、登山口にあった宿坊と推測されている。
現在も、登山口付近に200年以上の歴史をもつ「信敬坊」と「常力坊」の2つの坊があるが、今はともに土産物屋を営んでいる。


登山口の景1  2  3
立石寺・根本中堂。

登山口の石段を登ったところに、貞観2年(860年)、慈覚大師が創建した根本中堂が建つ。根本中堂は立石寺の本堂にあたり、堂内には大師自作の薬師如来のほか伝教大師や文珠毘沙門の諸像が安置されている。
正平12年(1357年)出羽按察使斯波兼頼が再建し、明治41年(1908年)に特別保護建造物に指定され、現在、国指定の重要文化財になっている。
根本中堂
根本中堂 立石寺・根本中堂。

根本中堂には、千年以上の昔から火を灯し続けている法燈がある。これは、天台宗宗祖伝教大師が中国の天台山国清寺から伝えたもので、慈覚大師は立石寺開山の際、比叡山からこの火を伝え、奥の院(如法堂)の常火、開山堂の常香、根本中堂の法燈の3つに分火した。
清和天皇の宝塔。

立石寺は清和天皇の勅願により開山され、三百八十町の寺領を免租地として下賜されるなど、手厚く保護されたことから、崩御の後、遺徳を慕って根本中堂の北西側の隅に宝塔を建てて供養した。盂蘭盆会においては一山衆徒が会して読経が行われる。
清和天皇の宝塔
閑さや岩にしみ入蝉の声 (芭蕉) 芭蕉句碑と根本中堂。
 
閑さや岩にしみ入蝉の声
 
根本中堂脇の石垣の上に建つ芭蕉句碑。句碑は嘉永6年(1853年)に建立されたもので、左右の側面には、一具、二丘、川丈の句が彫られている。この句碑の向い側に、高浜虚子と子年尾の句碑もある。
 
句碑正面1  2
芭蕉句碑拡大


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第1集 芭 蕉 と 山 寺
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