一関資料写真と解説(1)

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「おくのほそ道」碑

「おくのほそ道」碑。

石碑は一関駅から南東へ15分ほど歩いたところにあるかっぱ崖の下に建っている。
元禄2年(1689年)5月12日(新暦6月28日)芭蕉と曽良は一関に入った後、かっぱ崖の下の道を馬子に引かれて通り、「合羽モトヲル」(曽良随行日記)ほどの大雨の中、地主町の宿へと急いだ。
 
芭蕉が通った道

一関市街(1998年冬)。

一関の市街地に次のような石碑や絵図を見ることができる。

「おくのほそ道(芭蕉の辻)」碑
 大町十字路(旧千葉久デパート
 の前)に建っている。
「おくのほそ道」碑  
「おくのほそ道」の足跡図   

一関市街

二夜庵跡碑

二夜庵跡碑。

曽良随行日記には、一関のどこに泊ったかは記されていないが、金森家に泊ったといわれている。
その昔、地主町には磐井橋近くに、隣接した形で二軒の金森家があったが、そのいずれに宿泊したかは明らかでない。

二夜庵の前を流れる磐井川
磐井川に架かる磐井橋


二夜庵跡。

以下は二夜庵跡の説明板からの抜粋。
春日部〜日光〜黒羽〜須賀川〜仙台〜松島〜石巻を経て、四十五日後にようやく一関に入り、平泉視察のため二泊した宿がこの金森邸である。芭蕉が宿泊したことから「二夜庵(ふたやあん)」と呼ばれることとなった。

磐井橋を渡った所にある「五代の道標」
二夜庵跡

此の梅に牛も初音となきつべし (芭蕉)

芭蕉句碑。

配志和神社社務所前に建つ初音塚。句碑には延宝4年芭蕉が33歳の時に詠んだ句「此の梅に牛も初音となきつべし」が刻まれている。本殿の傍らには「梅が香にのっと日の出る山路かな」の梅香碑もある。
芭蕉が「おくのほそ道」の旅で配志和神社に立ち寄ったという記録はない。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第3集 芭 蕉 と 平 泉
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