平泉資料写真と解説(2)

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関山中尊寺 関山中尊寺。

寺伝によれば、中尊寺は嘉祥3年(850年)に慈覚大師が開基した天台宗の寺院で、建立時は関山弘台寿院と号したが、貞観元年(859年)に中尊寺と改めたという。
「吾妻鏡」に、藤原清衡が白河の関と外ケ浜の真ん中を中尊寺・関山として関を築き、中尊寺の参道を旅人の通行路にしたとある。
当時、この参道入口は関道の入口でもあったのだろう。
中尊寺参道・月見坂。

江刺郡の豊田館から平泉に移った奥州藤原・初代清衡は、関山に長治2年(1105年)、前九年・後三年の戦いで亡くなった人々の霊をなぐさめ、仏国土を建設するため中尊寺一山の造営に着手した。
参道を更に進むと樹齢300年に近い老杉が森々たる景観を呈する。
 
月見坂を進む ○更に進む
中尊寺参道・月見坂
弁慶堂 弁慶堂。

月見坂を登りつめた辺りに、文政9年(1826年)に再建された弁慶堂の参道入口がある。
参道奥に鎮座する御堂には、源義経の木像と立ったまま大往生をとげたと伝えられる弁慶の木像が安置されているほか、国宝の「金銅剛孔雀文磬(けい。勤行のときに鳴らす仏具)」などが所蔵されている。


源義経物語
東物見からの景観。

参道を登って行くと、弁慶堂の反対側にカーテンを開いたように木立が途絶えたところがある。ここがだれもが足を止め絶景に目を奪われる東物見で、ここから平泉の四季百景を楽しむことができる。

束稲山
東物見からの俯瞰
西行歌碑 西行歌碑。

桜に魅せられて数多くの桜の歌を詠み、「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」の歌を残した西行は、京都の東山に見立てた束稲山の桜を称え「ききもせずたばしね山のさくら花よしののほかにかかるべしとは」の一首をしたためた。
東物見の一角に、この歌を刻む石碑がある。
積善院(入口)。

東物見を更に進むと、「奥の細道展」を催す積善院がある。展示室へ入るには入館料が必要だが、「おくのほそ道」や中尊寺に関する貴重な写真や資料を見ることができる。

積善院
積善院


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第3集 芭 蕉 と 平 泉
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