平泉資料写真と解説(6)

「資料写真と解説」で扱っている写真は、すべてLAP Edc. SOFTが撮影したものです。
掲載している写真の使用を希望される場合は、「使用条件のページ」をご参照ください。

柳之御所遺跡 柳之御所遺跡。

伽羅御所跡の北側に、清衡、基衡、秀衡の居館であったと伝えられる柳之御所跡がある。柳之御所は、秀衡が鎮守府将軍・陸奥守に任ぜられたことで政庁としても使用されることになり、このため秀衡は居館として新たに伽羅御所を建てたものと見られている。
  
遺跡から北上川を見る
遺跡から束稲山を見る
柳之御所資料館 内部
柳之御所遺跡。

柳之御所遺跡は東京ドームの約2.5個分にあたる11.2万平方メートルの広さがある。発掘調査は昭和63年(1988年)から6年間にわたって大規模に行われたが、現在も断続的に調査が行われている。
写真は遺跡にある建設省の説明板から。
柳之御所遺跡
無量光院・本堂跡 無量光院・本堂跡。

無量光院は、藤原秀衡が柳之御所の西側に建てた持仏堂ともいわれる寺院で、「吾妻鏡」に宇治の平等院鳳凰堂を模して建てたと書かれている。境内の広さは、東西が約208.5m、南北が約171.5mと推定されている。
池の水は、その北を東に流れる猫間ヶ淵から引いたという。
 
無量光院の復原図
無量光院跡・全景。

右が本堂跡で左が中島。やや低く広がる一帯は現在水田になっているが、当時は一面水が張られていた。発掘調査によって、東西に走る伽藍の軸線が、東門、橋、中島、橋、本堂を通り、その先に金鶏山を望むというかなり壮大な寺院であったことが確認されている。

中島を見る
無量光院跡・全景
伽羅御所跡 伽羅御所跡。

平泉駅から450mほど北に、「吾妻鏡」(鎌倉幕府が編纂した公式の歴史書)に「無量光院東門に一郭を構う。加羅御所と号す。秀衡常の居所也。泰衡之を相継ひで居所と為す」と書かれた伽羅御所の跡地がある。無量光院の東門に接して建てられていた秀衡、泰衡の居館の地は、今や宅地や畑となり、往時を偲べるものは残っていない。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次


第3集 芭 蕉 と 平 泉
スタートページ

Copyright(C) 1999  LAP Edc. SOFT.  All Rights Reserved.
 
Maintained online by
webmaster@bashouan.com