松島資料写真と解説(2)

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磨崖仏 磨崖仏。

渡月橋を渡ってすぐのところにある座禅姿の磨崖仏。この位置から左に折れ崖上の散策路をしばらく行くと、下のトンネルに行き着く。

この位置から左を見る
石のトンネル。

その昔、修行僧が岩盤を削って作ったトンネル。島の東側に出る近道として作られたものだろうが、トンネルの東端に、座禅で使用したと見られる広い空間がある。
 
トンネル内部
石のトンネル
見仏堂(妙覚庵)跡  

見仏堂(妙覚庵)跡。

トンネルを抜けると、その昔、見仏上人が法華経6万巻を読誦したと伝えられる見仏堂の跡地に出る。かつて「奥の院」と呼ばれたところで、卒塔婆や仏像を刻む岩盤によって三方を囲まれた跡地は、全島霊地とされる雄島の中で、最もそれらしい風情を漂わせている。

見仏上人と見仏堂について
崖上にある見仏上人座像

松吟庵と薬師堂の跡地。
 
見仏堂跡の南隣の崖上に松吟庵跡(手前)がある。松吟庵は万治2年(1659年)、瑞巌寺第103代通玄和尚が26歳の時、兄松岩道知によって建てられ、庵名は第100代洞水和尚の詩から2文字をとって名付けられた。薬師堂は元文元年(1736年)に松吟庵の北隣に建てられた。

松吟庵と薬師堂について
大正期の絵葉書に見る雄島
松吟庵と薬師堂の跡地
松吟庵跡 松吟庵跡。
 
松吟庵と薬師堂は、大正12年(1923年。大正8年または11年の説もある)、失火により焼失。松吟庵は、昭和期になって再建されたが、昭和58年(1983年)に又もや失火で全焼した。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第2集 芭 蕉 と 松 島
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