松島資料写真と解説(4)

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「おくのほそ道」の標柱 「おくのほそ道」の標柱。

渡月橋を渡り右に50m程行ったところに「おくのほそ道」の標柱がある。ここから右に行くと座禅堂や頼賢の碑、左に行くと芭蕉と曽良の句碑や、松吟庵跡、見仏堂跡にたどることができる。

標柱付近に見られる碑林
芭蕉と曽良の句碑。

朝よさを誰(たが)まつしまぞ片心 芭蕉
松島や鶴に身をかれほとゝぎす 曽良


左は、芭蕉の句碑で、側面右に「勢州桑名雲裡房門人」、側面左に「延享四丁卯十月十二日建之」、裏に「仙台冬至菴連 山本白英 (以下略)」と刻まれている。
右は、文化5年(1808年)に曽良の百回忌を記念し、諏訪の俳人素檗(そばく)が遠藤日人(あつじん)に依頼して建てたもの。書は日人による。石碑には、上の句と「信州諏訪産曽良同郷素檗建之 石工伊之助」の文字が刻まれている。
芭蕉と曽良の句碑
五大堂の透橋  

五大堂の透橋。

橋板の間に隙間があって上から海面が見えることから透(すかし)橋の名がある。

「おくのほそ道」の標柱

五大堂。

五大堂は、大同2年(807年)に坂上田村麻呂が毘沙門堂を建立したのが最初で、現在の五大堂は仙台藩藩祖伊達政宗が桃山式建築手法を用いて再建したもの。政宗は五大堂完成の翌年円福寺(瑞巌寺)の再建に着手し、5年の歳月をかけて現在の大伽藍を築き上げた。

十二支の干支の彫り物
五大堂
松島湾の眺望 松島湾の眺望。

松島城松島観光ホテルの天守閣から五大堂(写真右下)や松島湾の島々を眺める。

福浦島


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第2集 芭 蕉 と 松 島
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