石巻資料写真と解説(6)

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芭蕉一宿の地 芭蕉一宿の地。

元禄2年(1689年)5月10日(新暦6月26日)、芭蕉と曽良は松島から石巻街道を歩いて石巻に到着した。途中、矢本で咽の乾きに苦しんでいるところを、通りすがりの侍(今野源太左衛門)に救われ、当日の宿まで紹介される。それが、石巻グランドホテル(写真の右側の建物)の敷地にあった「四兵へ」宅だった。
芭蕉一宿の地。

石巻グランドホテルの前に、昭和57年3月建立の「芭蕉一宿の地」碑が建つ。碑文内容は次の通り。
[正面]
旧町名 新田町
[側面]
元禄二年五月十日「奥の細道」の旅で石巻を訪れた芭蕉と曽良は、日和山からの眺望を楽しみ、住吉神社に参詣後、新田町(現千石町)の四兵へ宅に一泊した。安永二年三月の「安永風土記書出」には家数五十二軒と記されている。
芭蕉一宿の地
旧北上川河口 旧北上川河口。

日和山公園内の鹿島御児神社から撮影。鳥居の先に旧北上川の河口に架かる日和大橋と、かすかに田代島(左端)が見える。神社境内の一角に芭蕉の「雲折々人を休めるつきみかな」の句碑があり、園内東部に芭蕉と曽良の像がある。

芭蕉と曽良の像
芭蕉句碑
旧北上川河口。

日和山公園内の川村孫兵衛重吉像付近から旧北上川河口付近を撮影。中央の細長い島は「中瀬」。中瀬は東内海橋と西内海橋で両岸と結ばれ、島の北側に登米郡中田町出身の石ノ森章太郎記念館「石ノ森萬画館」が建設されている(平成12年12月現在)。右端に見えるのは牧山に連なる丘陵で、正面に見える山は籠峰山と上品山。
旧北上川河口


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第20集 芭 蕉 と 石 巻
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