鳴子資料写真と解説(3)

「資料写真と解説」で扱っている写真は、すべてLAP Edc. SOFTが撮影したものです。
掲載している写真の使用を希望される場合は、「使用条件のページ」をご参照ください。

尿前の関跡関連 [2]
復元された関所の門構えと柵。 芭蕉像と 「蚤虱」句碑。 芭蕉、尿前坂を登る。
尿前の関跡 尿前の関跡。

関所の門構えと柵を復元して整備された「尿前の関跡」。説明板の上に鳴子温泉が見える。

尿前の関跡。

上の門をくぐると、公園風の広場があり、奥まったところに芭蕉像や「尿前の関」碑などが建っている。芭蕉と曽良は、江合川の北を走る出羽街道中山越から尿前の関に入ったが、厳しい警固の中、手形不携帯のために怪しまれ取り調べを受ける事態となった。
尿前の関跡
尿前の関跡 尿前の関跡。

曽良の随行日記に「断六ヶ敷也。出手形ノ用意可有之也。」とあるので、事情を説明すれば通過できると判断したようだが、実際は、本文や日記に見られるように、他国者の出入りに対する取り締まりはかなり厳しいものだった。今、関跡に佇む芭蕉に口があれば、どのようなことを述懐するのだろうか。
芭蕉句碑。

蚤虱馬の尿する枕もと

「尿前の関跡」の向かい側に薬師神社があり、その境内に、明和5年(1768年)に尿前連中が建立した芭蕉の句碑が建っている。碑面中央に大きく「芭蕉翁」の文字を刻み、碑陰に「蚤虱」の句を刻む。
蚤虱馬の尿する枕もと (芭蕉)
尿前坂 尿前坂。

薬師神社の左側を走る出羽街道中山越の道。ようやく通行を許された芭蕉と曽良は、この尿前坂から中山峠に入り堺田を目指した。尿前の関跡から止宿した堺田の「封人の家」まで約8.9qの道程がある。
尿前坂。

尿前坂を見下ろす。「尿前の関」の標柱の向かい側に薬師坂が控えている。
 
薬師坂
尿前坂


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次


第21集 芭蕉と出羽越え
スタートページ

Copyright(C) 2001-2006  LAP Edc. SOFT.  All Rights Reserved.
 
Maintained online by
webmaster@bashouan.com