鳴子資料写真と解説(1)

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尿前の関への道
芭蕉が尿前の関に向かった出羽街道中山越を歩く。
出羽街道中山越 出羽街道中山越。

国道47号線の北側に町道として残る出羽街道中山越。
 
   

「奥の細道」の道標。

左に鳴子中学校、右に末澤山洞川院を眺めて西方向に歩き、国道108号線を横切って直進する。

末澤山洞川院
「奥の細道」の道標
出羽街道中山越
出羽街道中山越。

旧道は民家の間を通り抜け、やがて西に延びる川沿いの道に合流する。その後、旧道は途中から右に切れ、岩渕地区に入る。
出羽街道中山越。

旧道は、岩渕地区西詰付近の旧家の西側から左に切れる。途中から畦道となって道は途絶えるが、田んぼの中に十基ばかりの古い墓碑を覆い隠すように生えている雑木の木立(下の写真)が、大凡(おおよそ)の道筋を今に伝えている。
出羽街道中山越
墓標が立つ雑木の木立 墓標が立つ雑木の木立。

芭蕉一行は木立のところから右方向に進み綱渡しで江合川を渡った。渡し場は尿前の関の真向かいにあったと見られているので、雑草に邪魔されない季節なら、関跡の前から渡し場跡を確認することができるだろう。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第21集 芭蕉と出羽越え
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