芭蕉について

「まゆはきを」の句について

天童市石倉にある芭蕉句碑 尾花沢の章段にある「まゆはきを俤にして紅粉の花」の句について、曽良の俳諧書留に「立石(立石寺)の道ニテ まゆはきを俤にして紅花 翁」の記述がある。これは、「まゆはきを」の句が、山寺立石寺への旅の途次、羽州街道または山寺街道沿いに広がる紅花畑を眺めながら詠まれたものであることを示している。

俳諧書留は、曽良が「おくのほそ道」の旅の間に、芭蕉の自詠句や自らの句、歌仙などを書き留めたもので、次の4行は、大石田で巻かれた「さみだれや」歌仙の末尾の空白部に記されている。2句ともに「おくのほそ道」に記された句の草
稿にあたる。

立石の道ニテ
まゆはきを俤にして紅花 翁
立石寺
山寺や石にしミつく蝉の聲 翁


また、もう1つ、芭蕉が紅花を詠んだ句として知られるのに「行末は誰が肌ふれむ紅の花」がある。この句は蕉門十哲の1人に数えられる支考の撰集「西華集」に載っているが、支考はこの句について「此句はいかなる時の作にかあらん。翁の句なるよし、人々つたへ申されしが、題しらず」と記し、「芭蕉作と伝えられる句」であることを断り書きしている。
   

「おくのほそ道」と尾花沢/曽良随行日記
 

「おくのほそ道」と尾花沢
元禄2年(1689年)5月17日(新暦7月3日)〜5月27日(新暦7月13日)
曽良随行日記<原文> 現代語
十七日 快晴。堺田ヲ立。一リ半、笹森関所有。新庄領。関守ハ百姓ニ貢ヲ宥シ置也。ササ森。三リ、市野ゝ。小国ト云ヘカヽレバ廻リ成故、一バネト云山路ヘカヽリ、此所ニ出、堺田ヨリ案内者ニ荷持セ越也。市野ゝ五、六丁行テ関有。最上御代官所也。百姓番也。関ナニトヤラ云村也。正厳・尾花沢ノ間、村有。是、野辺沢ヘ分ル也。正ゴンノ前ニ大夕立ニ逢。昼過、清風ヘ着。一宿ス。

十八日 昼、寺ニテ風呂有。小雨ス。ソレヨリ養泉寺移リ居。

十九日 朝晴ル。素英、ナラ茶賞ス。夕方小雨ス。

廿日 小雨。

廿一日 朝、小三良ヘ被招。同晩、沼沢所左衛門ヘ被招。此ノ夜、清風ニ宿。

廿二日 晩、素英ヘ被招。

廿三日ノ夜、秋調ヘ被招。日待也。ソノ夜清風ニ宿ス。

廿四日之晩、一橋、寺ニテ持賞ス。十七日ヨリ終日清明ノ日ナシ。

○秋調 仁左衛門。○素英 村川伊左衛門。○一中 町岡素雲。○一橋 田中藤十良。遊川 沼沢所左衛門。東陽 歌川平蔵。○大石田、一栄 高野平右衛門 ○同、川水 高桑加助。○上京、鈴木宗専、俳名似林、息小三良。新庄、渋谷甚兵ヘ、風流。

廿五日 折々小雨ス。大石田ヨリ川水入来。連衆故障有テ俳ナシ。夜ニ入、秋調ニテ庚申待ニテ被招。

廿六日 昼ヨリ於遊川ニ東陽持賞ス。此日モ小雨ス。

廿七日
天気能。辰ノ中尅、尾花沢ヲ立テ立石寺ヘ趣。清風ヨリ馬ニテ舘岡(楯岡)迄被送ル。尾花沢。二リ、元飯田(本飯田)。一リ、舘岡(楯岡)。一リ、六田。馬次間ニ、内藏ニ逢。二リよ、天童(山形ヘ三リ半)。一リ半ニ近シ。山寺。未ノ下尅ニ着。宿預リ坊。其日、山上・山下巡礼終ル。是ヨリ山形ヘ三リ。山形ヘ趣カン(ト)シテ止ム。是ヨリ仙台ヘ趣路有。関東道、九十里余。
十七日 快晴。堺田を立つ。一里半、笹森関所有り。新庄領。関守は百姓で、貢(租税)を宥(ゆる)し置く也。笹森。三里、市野ゝ(尾花沢市)。小国という村へ掛かれば回り道と成る故、一バネ(一刎。最上町)と云う山路(山刀伐峠)へ掛かり、此所(市野ゝ)に出る。堺田より案内者に荷を持たせ峠を越す。市野ゝから五、六丁行ったところに関所有り。最上御代官所也。百姓番の関所也。関ナニトヤラ云う村(関谷村。「関屋」とも)也。正厳(しょうごん)・尾花沢の間、村(二藤袋村)有り。ここで野辺沢への道と分かれる也。正ごん到着前に大夕立に逢う。昼過ぎ、清風宅へ着く。一宿す。

十八日 昼、寺で風呂に入る。小雨降る。それより養泉寺に移って居す。

十九日 朝晴れる。素英ふるまいのナラ茶を賞味す。夕方小雨降る。

廿日 小雨。

廿一日 朝、小三良に招かれる。同晩、沼沢所左衛門に招かれる。此の夜、清風宅に宿す。

廿二日 晩、素英に招かれる。

廿三日の夜、秋調に日待ち(「日待ち」は、前夜から体を清め、日の出を待って拝む行事、または、農作業の一区切りで地域の人が集まって会食することを言うが、当夜の「日待ち」は、芭蕉が、秋調宅ではなく清風宅に泊まっているので後者の方と見られる。)の行事に招かれる。その夜、清風宅に宿す。

廿四日の晩、一橋が養泉寺でもてなす。十七日より終日清明の日(「清明」は二十四節気の1つで、春分の日から数えて15日目、新暦で4月5日頃を指すが、ここでの「清明ノ日」は、梅雨空を吹き飛ばすような天気の良い日、ほどの意)なし。

○秋調 仁左衛門。○素英 村川伊左衛門。○一中 町岡素雲。○一橋 田中藤十良。遊川 沼沢所左衛門。東陽 歌川平蔵。○大石田、一栄 高野平右衛門 ○同、川水 高桑加助。○上京、鈴木宗専、俳名似林、息小三良。新庄、渋谷甚兵ヘ、風流。

廿五日 折々小雨降る。大石田より川水が来訪。連衆に折合いのつかない者がおり俳席なし。夜に入って、秋調宅の庚申待ち(庚申の夜に神仏を祭り寝ないで徹夜する習い)に招かれる。

廿六日 昼より遊川宅で、東陽により持てなしを受ける。此日も小雨降る。

廿七日
天気よし。午前8時頃、尾花沢を立って立石寺へ趣く。清風差し向けの馬にて楯岡(村山市内)迄送られる。尾花沢。二里、元飯田(本飯田。村山市内)。一里、楯岡。一里、六田。馬継間に、内藏に逢う。二里余り、天童(山形へ三里半)。一里半に近し。山寺。午後2時半頃に着く。宿は「預リ坊」。その日の内に、山上、山下の巡礼を終える。是より山形へ三里。山形ヘ趣こうとしたが止める。是より仙台ヘ趣く路有り。関東道、九十里余り。
◇一里:約4km ◇一丁(町):約109m ◇一間:約1.8m

 

 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第22集 芭蕉と尾花沢
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