尾花沢資料写真と解説(6)

「資料写真と解説」で扱っている写真は、すべてLAP Edc. SOFTが撮影したものです。
掲載している写真の使用を希望される場合は、「使用条件のページ」をご参照ください。

銀山温泉街。

尾花沢の市街地から12kmほど東方に、東北地方を代表する温泉の1つ、銀山温泉がある。寛永17年(1640年)ごろから利用されていたという銀山の温泉は、山峡の出湯として明治、大正、昭和と発展を続け、現在、年間の温泉利用客は30万人を越えている。
銀山温泉街
大正ロマン漂う旅館建築 大正ロマン漂う旅館建築。

大正期の佇まいそのままに、三層、四層と階を重ねる木造りの旅宿は、ただそれだけで、訪れた客を魅了する。銀山温泉が、今なお発展を続けている基盤の最たるは、銀鉱の山、500年余の歴史を背景とするこのランドスケープといっていいのだろう。
白銀の滝。

滝の前に佇むと、小学生の時分、部落単位の「子供クラブ」で当地を訪れた記憶が鮮明に蘇った。滝壷付近で水遊びしたことも、その手前から山に入ったことも思い出された。昔は、温泉街の間を流れる銀山川で水遊びをすることもできた。あれから既に数十年の月日が流れている。
白銀の滝
山の神神社 山の神神社。

芭蕉は、尾花沢滞在中に2つの歌仙興行に同座し、その内、1度目に巻かれたのが「すゞしさを我がやどにしてねまる也」を発句とする「すゞしさを」歌仙である。この中に、清風の「たまさかに五殻のまじる秋の露」に付けた芭蕉の「かがりに明ける金山(かなやま)の神」の句があって、この句を、銀山に鎮座する山の神神社を詠んだものとする捉え方がある。
写真は、温泉街に鎮座する山の神神社の分社。
 

ロードギャラリー。

温泉街に向う途中の崖下に、銀山温泉の歴史を伝えるロードギャラリーがある。明治、大正、昭和と変遷し続けた温泉の歩みがパネルで展示されている。下は、左から順に、明治、大正、昭和のパネルを撮影したもの。

ロードギャラリー


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次


第22集 芭蕉と尾花沢
スタートページ

Copyright(C) 2002  LAP Edc. SOFT.  All Rights Reserved.
 
Maintained online by
webmaster@bashouan.com