天童・山形 旧山寺街道を行く
おくのほそ道文学館収蔵

街道起点→ 翁塚→ 北目の追分→ 宝地蔵→ 梨の木清水→ 一本杉→ 芭蕉句碑→ 山寺

[天童] 旧山寺街道起点から翁塚まで
(1)旧街道起点 (2)一日町地区 (3)一日町地区 (4)北目地区
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(1)旧山寺街道の起点。旧羽州街道から一日町で東に折れ、旧山寺街道に入る。(2)(1)の地点から舞鶴山の西麓に向けて東進。(3)民家の間を(1)から(4)まで150mほど行く。(4)十字路から@の方向に70mほど行ったところに城山公園がある。Aへ曲がる道が旧山寺街道。
旧山寺街道起点 旧山寺街道起点。

(1)に見る旧羽州街道の一日町で東に折れ、旧山寺街道に入る。一日町は、五日町、三日町とともに天童宿の伝馬町だったところ。下の写真は、城山公園の南端にある糸引観音。


[天童] 城山公園の翁塚
(5)翁塚 (6)「古池や」句碑 (7)翁塚碑 (8)「行末は」句碑
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(5)念仏寺跡の翁塚。(6)古池や蛙飛びこむ水の音」句碑。(7)翁塚碑。碑面に、「念仏寺跡 翁塚」の文字と「古池や」句碑の建立者と建立年月日が刻まれている。(8)行末は誰が肌ふれむ紅の花」句碑。天童市の奥の細道研究会が昭和61年(1986年)7月に翁塚の北側に建立。この句は支考編「西華集」に採録されているが、支考はこの句について「此句はいかなる時の作にかあらん。翁の句なるよし、人々つたへ申されしが、題しらず」と記し、「芭蕉作と伝えられる句」であることを断り書きしている。
城山公園の翁塚 城山公園の翁塚。

宝暦8年(1758年)8月、天童の俳人菱華亭池青が、おくのほそ道行脚70年を記念して、念仏寺境内に「古池や蛙飛びこむ水の音」の句碑(右)を建立し翁塚としたもの。

この北側にある旧東村山郡役所資料館

[天童] 北目の追分道標まで
(9)一日町・北目 (10)一日町・北目 (11)一日町・北目 (12)三叉路
(9)(10)(11) (4)の地点から約400m南へ行って(12)の三叉路に出る。(12)道標が建つ位置から80mばかり西(写真では左)に行ったところを旧羽州街道が走っている。
北目の道標 北目の道標。

「右 若木公(若松)道 左 湯殿山道」と記された道標で「北目の道標」と呼ばれる。
下の写真について、右は若松観音へ通じる道(これまで辿った道の方向)で、左は寒河江を経由し湯殿山に通じる道。

 


[天童] 宝地蔵と北目休石まで
(13)追分 (14)現街道と合流 (15)旧山寺街道跡 (16)宝地蔵と休石
(13)旧山寺街道は追分を右に行く。左は愛宕神社に通じる道。愛宕神社の境内に芭蕉の「雲の峰幾つ崩れて月の山」の句碑がある。(14)ここで現山寺街道と合流。(15)(14)の地点から250m余り進んで、下図のA地点まで行く。右手に(15)の写真の駐車場が見える。これを矢印の方に行く。(15)の写真の中央奥に(16)の「宝地蔵と北目休石」がある。(16)旧山寺街道の傍にあった宝地蔵と北目休石。    
往時の道筋 往時の道筋。

この付近の道筋は、昔、左の写真や下図に見るようにVの字の道になっていた。現在は消滅しているので、一旦、現山寺街道に戻ってから次の「梨の木清水」に向うことになる。
 

[天童] 「梨の木清水」の道標まで
(17)古碑群まで (18)街道脇の古碑群 (19)道標の所で左折 (20)清水の道標
(17)現山寺街道を(18)のところまで直進する。(18)街道の脇に4つの古碑が並んで建っている。古碑の写真 (19)(18)のやや先で左折。ここに「梨の木清水」の方向を示す道標が建つ。(20)「梨の木清水」の道標がT字路に建っている。ここで右折、途中でもう一回右折し、下図のB地点まで行く。 
「梨の木清水」の道標 「梨の木清水」の道標。

「梨の木清水」は、その名の通り、むかし大きな梨の木の根元に旅人の咽を潤した清水があったところ。旧跡の清水は、道標の西側に建つ民家(写真には写っていない)の裏手にあるが、昔の面影は残っていない。
 

[天童] 追分の一本杉まで
(21)上図のB地点 (22)一本杉へ (23)一本杉へ (24)一本杉へ
(21)(22) (21)で左折して農道に入り、(22)で農道を抜ける。この間約900mの距離がある。(23)間もなく一本杉。(24)左奥に見えるのが一本杉。   
追分の一本杉 追分の一本杉。

新旧山寺街道を分かつ追分地点に、老舗の和菓子屋がある。昔は当地に茶店「一本杉茶屋」があった。
 
A地点=(22)   ○B地点=(23)
C地点=(24)   ○D地点
E地点=(25)   ○F地点=(26)

[天童] 「まゆはきを」句碑まで
(25)一本杉から (26)奈良沢南へ (27)奈良沢南 (28)石倉へ
(29)石倉 (30)姥神 (31)上原へ (32)上原
(33)句碑へ (34)句碑へ (35)句碑へ (36)句碑
まゆはきを俤にして紅粉の花 (芭蕉) 「まゆはきを」句碑。
  
まゆはきを俤にして紅粉の花
  
加藤楸邨の揮毫で昭和56年(1981年)7月建立。
下の写真は、(37)の左下に見られる道標で、「右 山寺道  左 山道」と彫られている。


[天童・山寺] 現山寺街道との合流点まで
(37)天童市側 (38)天童市側 (39)天童市側 (40)山形市側
(37)「まゆはきを」句碑の右側を走る旧山寺街道。(38)村山東部地区広域農道を横切る。(39)(40)果樹園の中を走る旧山寺街道。
現山寺街道との合流点 現山寺街道との合流点、
(山形市)

左の写真は、現山寺街道との合流地点で下の地図のA地点にあたる。
 
B地点

[山形] 現山寺街道・山寺まで
(41)延命地蔵尊 (42)山寺へ (43)山寺へ (44)山寺・登山口
(42)(43)現山寺街道から山寺登山口まで1500m余り。(44)山寺登山口。元禄2年(1689年)5月27日(新暦7月13日)、芭蕉と曽良は、山寺に到着後、止宿先の「預り坊」で旅荷を下ろし山内巡礼に出向いた。
宝珠山立石寺 宝珠山立石寺。

山寺の別称をもつ立石寺は、正式には宝珠山阿所川院立石寺といい、貞観2年(860年)慈覚大師円仁が開山した。山形市の東北部に位置している。

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資料提供

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