大石田資料写真と解説(5)

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石水山西光寺 石水山西光寺。

室町時代の応永年中(1394年〜1428年)、光明寺七世其阿達心上人によって創建されたと伝えられる。延宝3年(1675年)に再興。明治3年(1870年)に類焼で堂宇を失ったが、明治5年に再建され現在に至っている。写真の仁王門は、慶応3年(1867年)の建立。
観音堂と芭蕉像。

仁王門から境内に入ると、右手に西光寺本堂と庫裡が建ち、正面に、最上三十三観音の第二十九番札所、大石田観音がある。下の写真は、境内の木の根元にあるミニチュアの芭蕉像。

観音堂と芭蕉像
西光寺の芭蕉句碑 西光寺の芭蕉句碑。

明和年中(1764年〜1772年)に地元の俳人土屋只狂(暁華園。五代作兵衛)が、大石田から離れていた芭蕉真蹟「さみだれを」歌仙を購入し再び大石田の地に戻した。この頃、只狂が真筆を模刻して建立したのがこの「さみ堂礼遠あつめてすゝしもかミ川」の句碑。

「さみだれを」歌仙真蹟模写
西光寺の俳諧碑林。

境内裏庭に、芭蕉や高野一栄らの句碑が林立している。


○一栄。「さみだれを」歌仙脇句。
 岸にほたる繋ぐ舟杭

○李兮。地元の医師、俳人。
 吹かるゝや骨となっても枯尾花

○芭蕉。
 さみ堂礼遠あつめてすゝしもかミ川

○只狂。
 夜着重し桜や咲ん雨の音

○虚子。
 夏山へ襟を正して最上川
西光寺の俳諧碑林
芭蕉句碑の代碑 芭蕉句碑の代碑。

左の写真は、上の覆堂に見る芭蕉句碑。2つ上に見られる原碑の代碑として昭和50年(1975年)に建立されたもの。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第23集 芭蕉と大石田
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