羽黒山資料写真と解説(1)

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出羽三山関連写真 羽黒山 [1]
登拝口、随神門、継子坂、祓川、須賀の神橋、須賀の滝、爺杉、五重塔
羽黒山登拝口 羽黒山登拝口。

この登拝口を行き、2446の石段を登った先に、神仏習合のむかし羽黒権現と称した出羽(いでは)神社がある。かつては月山権現、湯殿権現を合祭して羽黒三所権現とし、山頂に羽黒本社を構えたが、神仏分離後は、出羽神社の社殿に月山神と湯殿山神を合わせ祭り三神合祭殿としている。
石鳥居と随神門。

石鳥居の先に神域との境界を成す大門がある。これは、元禄12年(1699年)秋田の矢島藩主が二体の仁王像とともに奉納した仁王門で、神仏分離後は、仁王像の代りに随身像が祭られ、門の称も現在の随神門に改められた。

石鳥居と随神門
継子坂 継子坂。

随神門を潜ると、「継子坂」という長い下り坂が待ち構える。呂笳(呂丸の弟子)編「三山雅集」では、その名の謂れを、むかし、さがない女が幼い継子をこのほとりに捨てたところ、子は母を探して這い歩き、石段に小さい足あとを残したという昔物語に因る、としている。  
祓川と須賀の神橋。

祓川は、庄内地方を流れる京田川の上流域の名称。月山三合目・神小石の北西の谷あいで沢水を集め源流を成す。その後、月山登拝道に沿って北流し、やがて羽黒の山中に入り込む。かつては、三山登拝に当って、まずこの川で水垢離をとり心身を清めた。継子坂下で祓川を渡す「須賀の神橋」は、山内を清僧修験が住む「山上」と妻帯修験の「山麓」とに両分したところ。
祓川と須賀の神橋
須賀の滝

須賀の滝。
神仏分離以前は不動の滝と称した人工の滝。五十代別当執行の天宥が、堰を築造して約8km離れた水呑沢からの水を落としたもの。
千歳を越える爺杉。

五重塔の手前にある爺杉。樹齢1000年を越え、幹回りは7.5mに及ぶ。国指定天然記念物。かつて、これと並んで婆杉があった。江戸中期の「三山一枚絵図」では、二杉を祖父杉、祖母杉としている。

爺杉
羽黒山五重塔

羽黒山五重塔。
羽黒山内で最古の木造建築。国指定重要文化財(国宝)。素木造り、三間四方の塔。屋根は柿(こけら)葺きで高さが29.4m。承平年間(931〜
938)に平将門が建立し、文中元年(1372年)に武藤政氏が再建したと伝えられる。


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第24集 芭蕉と出羽三山
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