羽黒山資料写真と解説(2)

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出羽三山関連写真 羽黒山 [2]
参道石段、一の坂から三の坂まで
一の坂  
参道石段・一の坂。
五重塔への入り口からやや登ったところに建つ「一の坂」の道標。ここから一の坂が始まる。
 
 

参道石段・二の坂。
「油こぼしの坂」の異名を持つ急坂「二の坂」とその道標。これを登った先に三日月塚(芭蕉塚)、本坊宝前院跡がある。
 
 
二の坂
三の坂  
参道石段・三の坂。
「三の坂」とその道標。このすぐ下が南谷への登り口。
 
 
  
三日月塚(芭蕉塚)、 本坊宝前院若王寺跡、 羽黒山参籠所・斎館
三日月塚(芭蕉塚)。
二の坂を登った先にある三日月塚。中央に下の石碑が建ち、左右に、次の句文(説明板より)を刻する石灯篭が配置されている。
正面 三日月塚の良星雨根かたふき最中に苔むして○○を酒掃して
左側 燈篭一基を捧侍願徳光長く伝へて輝く我希のみ
右側 ひかり増せ燈篭の月も三ヶ月の影
正面 明和六己丑季秋羽州庄内遊耕舎祇松
三日月塚(芭蕉塚)
三日月塚(芭蕉塚) 三日月塚(芭蕉塚)。

「芭蕉翁」の文字を刻む石碑。明和6年(1769年)の建立。当所は、芭蕉が「涼しさやほの三か月の羽黒山」の句を詠んだところと伝えられ、説明板に「翁、羽黒山畄(留)杖の折、羽黒の句『涼しさや・・・』の発句の処」と記されている。
本坊宝前院若王寺跡。

芭蕉塚から30mほど先に「本坊宝前院跡」を刻む石碑がある。宝前院は、かつて当地にあった一大伽藍で、もともと山頂の開山堂の西脇にあったが、第50代別当執行天宥の時、寺院の失火から羽黒本社が類焼するのを恐れ、当所に移築されたものと伝えられる。

三山一枚絵図に見る宝前院
本坊宝前院若王寺跡
羽黒山参籠所・斎館 羽黒山参籠所・斎館。

斎館は、かつて、三先達寺院の一つとして格式を誇った華蔵院の建物で、神仏分離の際に破壊を免れ今日に至っている。増改築を施された現在の建物は、主に講中や一般参拝者の宿泊所、精進料理の食事処として利用されている。
 

羽黒山参籠所・斎館。

収容人数は300名。斎館で使用している清水は、月山の四合目と六合目から引かれたもの。浴槽はさほど大きくないが、風呂は24時間いつでも利用できる。

日暮れ時の斎館 

羽黒山参籠所・斎館


 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第24集 芭蕉と出羽三山
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